弐 揺蕩う女神

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 チサは改めて俺達に礼をした。 「わたくしはチサ。レプンカムイの眷属です。翡翠の覡様、わたくしにお力を貸してはいただけないでしょうか」  俺は紫苑を見る。目に映った物を全て吸い込んでしまいそうなくらい深く暗い漆黒の瞳は、チサのことをじっと見つめていた。 「紫苑様」 「もしも彼女が晃一さんの神通力を狙う悪しき神であれば、既に貴方はここにはいないでしょう。チサ様はレプンカムイの眷属、すなわちシャチです。膂力や顎の力は恐ろしい物なので、奇襲されれば晃一さんも私も一瞬でバラバラです。しかし、こうして会話が成立しているのですから彼女に敵意はないのでしょう」  優しい声音で恐ろしいことを言わないでほしい。 「危ない相手ではない、と言えると思います。安心させておいて後でがぶり、ということはないとは言い切れませんが……。そうなった時には、私がしっかりと貴方をお守り致しますので」 「なるほど。じゃあ、この(ひと)の話を聞いてやった方がいいんだな」 「そうですね。それが翡翠の覡たる貴方の使命ですから」 「分かった。チサ様、あんたの話を聞かせてくれるか」  チサは俺の手を握りしめて大きく頷いた。何度も何度も、感謝を述べて頭を下げる。  彼女は何を求めて俺の元へ来たのだろう。そんなことを考えながら、俺はしばらく銀色が揺れているのを眺めていた。  帰宅して玄関のドアを開けると妹が待ち構えていた。 「ただい……」 「お兄ちゃん!」 「なんだどうした」 「ゲームしよ!」  妹はゲームのコントローラーを手にしている。  俺の後ろでチサが「かわいらしい妹さんですね」と言ったが、それは妹には届いていない。家の近くまで来た段階で紫苑は面を外しているし、チサもイヤリングを外していた。 「明香里(あかり)、宿題は終わったのか」 「まだ! でも後でちゃんとやるし……」 「終わったら相手をしてやる」 「えー! ちゃんとやるってばー! 疑ってるの?」 「俺も宿題やるから、ゲームはそれが終わってからな。何もしないで待っている時間が無駄になるから明香里も宿題やっとけ」  妹は不服そうに膨れて見せたが、「分かった」と言って居間に入って行った。ゲームのコントローラーを置き、部屋のある二階へ向かう。  下手ではないものの俺自身はゲームが大好きというわけではないので、妹のやる気には少々困っている。他の人に頼みたいところだが、平日はゲーマーの父がいないし、まだ小学生だから知らない人とオンラインなどをやらせるのは不安だ。もう少し大きくなるまで俺が相手をしてやるしかないか。
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