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僕が僕であるために
笑顔さえあれば、どんなことにも耐えられる。
この処世術、是非とも広げていきたいものだ。
どうして、世の中の人間は、生きる喜びを知らずに生きていけるというのか――!
「大げさなことを言ってるところ悪いがな、沖」
コツコツとこめかみを叩きながら、担任が口を開く。
「俺にはお前の能天気さがどうにも理解できないんだが」
「それは先生にハッピーが足りないからですよ」
途端に、担任は口をつぐんだ。
「……なんでしょう、その可哀そうなものを見る目は」
「これを見たら、お前もハッピーじゃなくなると思うんだが」
視線を落とす。ことごとく赤で書かれた数字。
赤ペンならぬ赤点。
「もう一回遊べるドン! ってやつでは?」
「凄いなお前のポジティブシンキング」
まあいい、と彼は、ワイシャツのボタンを外した。
「まあ、補習もそんな感じで頑張ってくれ……全部赤点だが」
「もちろんです」
「やるべきことはちゃんとやるように。進級できなくなったらコトだろう。ふざけるのもいいが、将来のことはきちんと考えておけ」
話は終わり。お説教も終わり。
俺はハッピー・スマイルを意識しながらそのまま回れ右をする。
「ただし」
後ろから担任の声が追いかけた。
「あんまりそのハッピースマイルとやらを見せびらかすのはやめろ」
「どうして?」
「バカにされていると思う先生方もいるらしい。特に数学の……横溝先生は不快に思っているそうだから」
俺は振り返り、言った。
「スマイルが足りないからですよ。人生半分損してますね」
「そうだな。自分の半分も生きてない若造にそう言われれば、横溝先生が怒るのもよくわかるな……」
担任の力ない笑み。
俺のモデルになった微笑。
気が付けば、腕時計の上から手首を押さえている。
アホくせぇ。
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