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いじめが始まった。
持ってきたはずの傘が、無惨に折られて綺麗に校舎玄関のゴミ箱に入っていた。
外は打ちつけるように降る激しい雨が、それでも帰ろうとする私の心を挫いた。
止むまで立ちっぱなしで、ガラス扉にもたれた。
いじめには全く心当たりがないから、手も足も出ずやられっ放し、無視されっ放しがかれこれ二週間が続いている。
正直、辛い。
心が折れそう。
でも、私が不登校にまだ陥らないのには理由があった。
それは、同じ高校の同じクラスの、
「うわぁ、雨降りすぎ」
中村太一の声がすぐ後ろから聞こえてきた。
咄嗟に振り向くと、強雨にうんざりする彼の顔と視線が合ってしまいすぐに戻した。
目が合ってしまった。
彼の姿を遠くで見るだけで至福の一時を感じて、今の最悪な現状を中和できていた。
でも、目が合うことは初めてだから一気に緊張が走った。
お願い。早く横を通りすぎて。
同じクラスでもほとんど接点もない私のことなんか気にも止めずに。
「町田さん、傘忘れたの?」
「え……あ……は、はい」
彼は私のすぐ隣りまで来て声をかけて来た。
予想外な出来事に、返答にまごついた。
ヤバい。距離が近すぎて失神しそう。
なんとか正気を保たなくては。
さっきの返事絶対おかしかったから絶対嫌われた。
「ねぇねぇ、俺の傘で一緒に帰ろうよ。方向同じだし」
「え?」
「行こう行こう!」
彼が戸惑う私の手を引いて、一つ傘の下で二人っきり。好きな人とゼロ距離。
「中村君、ありがとう」
やっとまともなことが言えた。振り絞った。
背の高い彼の横顔は、クラスでみる楽しくはしゃぐものとは違っていた。
私の視線に気づいて、彼がこちらをみた。
決めた。
私は足を止めた。
「あの、好きです! 中村君のこと好きです!」
きっといじめは少しずつ酷さが増していくと思う。心はもうじき壊れる。その前に伝えておこう。無謀すぎる、けど最後に勇気をかき集めて伝えたい。
これで振られたら、後悔はない。
明日からもう学校行かない。
「ありがとう。でも……」
驚いた彼の表情が徐々に曇り出した。
「そうですよね。いきなり何言い出すんだって感じですよね」
「その言葉。俺が先に言いたかったから、俺も言わせてよ」
真剣な眼差しに見つめられ、
「好きです。町田さんのこと大好きです!」
夢ならここで覚めてもいいのに。
覚めないってことは夢じゃない。
激しい雨音より至福の鐘が大きく心の中で鳴り響いている。
恋、始めました。
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