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「どうした?」
「貴方に会って欲しい人がいるんです……会って頂けませんか?」
「それは構わないが……」
アリーシャから人を紹介されるとは珍しい。シュタルクヘルトから誰か連れてきたのだろうか。
そんなことを考えていると、遠くの方から呱々の声が聞こえてきた。
「子供の声か……? いつの間に、近所で子供が生まれたんだ? そんな話は聞いていないが……」
最もアリーシャと別れてからは、ずっと彼女との思い出の中に引きこもっていた。何を見ても、何かを勧められても興味を持てなかった。
近所で子供が生まれたのなら、きっと定期的にオルキデアの様子を見に来てくれていたセシリアやマルテが話していただろう。
(いや、待てよ)
そこまで考えたところで、オルキデアは思い出す。
数ヶ月前、様子を見に来てくれたセシリアが、オルキデアの洋服の洗濯が終わるまで、産着らしき縫い物をしていた。
何気なくオルキデアが見ていると、視線に気づいたセシリアが『私じゃないですよ』と言って、笑みを浮かべていた。
『もうすぐ、大切な友人に子供が産まれるんです。私も少しでも力になれればと思って……』
それきりオルキデアは興味を失ってしまったが、その日からセシリアはオルキデアの様子を見に来て、甲斐甲斐しく世話を焼きながらも、その間に「友人の子供用」という産着を縫い、赤ん坊用の帽子やケープなどを編んでいた。
その「友人の子供」が近くにいるのだろうか。
赤ん坊の正体をアリーシャに聞こうとしたところで、アリーシャが扉を見たまま固まっていることに気づく。
菫色の目を見開いて、何かが気になっているかのように、じっと扉を見つめていたのだった。
「どうした?」
「……すみません。私、少しだけ席を外しますね」
「あ、おい……!」
それだけ言って、するりとオルキデアの目の前から去って行ったアリーシャを追いかける。
アリーシャと別れてから自室に引きこもり、ほとんど何も食べていなければ、身体を動かしていないのに、何故か身体は軽く、すぐにアリーシャの足に追いついた。
「急にどうしたんだ……?」
「下の応接室に、オルキデア様に会って頂きたい人を待たせていたんです。何かあったのかも……!」
そう話している間にも、二人は一階の応接室に辿り着く。
先程からずっと聞こえている呱々の声が近くなった。どうやら、声はここから聞こえてくるらしい。
アリーシャが迷わず扉を開けると、中にはアリーシャを連れてきた親友のクシャースラと、定期的にオルキデアの様子を見に来てくれていたクシャースラの愛妻のセシリアがいた。
そんなセシリアの腕の中には、顔をくしゃくしゃにして、声を上げて泣き続ける小さな赤ん坊がおり、親友夫婦があやしていたのだった。
「アリーシャさん」
扉の開いた音を聞いて、セシリアたちが視線を向けてくる。
「セシリアさん!」
「すみません。せめて、おふたりが話している間だけでも見ているつもりでしたが、急に泣き出してしまって……」
困惑しているセシリアに、アリーシャが近づいて行ったのだった。
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