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「あたし、実は、小説書いてるんです」
四歳年下の新入社員、ナミちゃんはちょっと恥ずかしそうに言った。
社員食堂は最初大混雑だったけど、始業二十分前になると空席が多くなって、ゆったりした雰囲気になる。残ってるのは女性社員が多い。短いけど、楽しいおしゃべりタイムだ。
「ウ☆ツクって知ってます? 占いだけじゃなくて、小説読んだりできるところ。このあいだ久しぶりに読んで懐かしくなって」
「知ってるけど読んだことないなー」
って言いながらもあたしが興味もった雰囲気を察して、ナミちゃんは話を続けた。
「そこに投稿したら、あっという間に千人くらいに読まれちゃって。続き楽しみにしてますとかコメントいっぱい来て」
「え それってスゴイんじゃない?」
「えへへ それで、今続き書いてるんですよー」
「へー どんな内容なの?」
ナミちゃんは、キャラをピンチにさせたりしてあおりまくってるんだと話した後、付け加えた。
「あ でも二次創作なんですよ」
帰りの電車は案外すいていてタイミングよく座れたので、窓の外を見ながら昼休みのことをぼんやり思い出した。
二次創作って、そんなにたくさんの人に読まれてコメントもらえるってすごいなあ。
続いて中学生の頃のことを思い出した。
ケータイなんて持たせてもらえなかったから、ノートを友だちと回して、小説書いたりイラスト描いたりしてたな。あのノートどこにあるんだろう。できればだれか焼却処分にしててほしい。切実に思う。
友達の顔も浮かんできた。中学卒業以来会ってない子もいる。みんな、キャラ愛炸裂で、好きなことを書きまくってたな。あたしは何を思って書いてたのかな。
ケータイを取り出して検索してみた。小説投稿サイトっていろいろあるんだ。今どきの子はこういうところに書くのか…。
あの頃こういうサイトが使えてたら、何書いたんだろ。当時は二次創作とすら言えない、キャラを若干変えたほぼパクリのオタク小説だったっけ。今だったらもう少しましなものが書けるのかな。
そういえば、すごく憧れて好きだった先輩がいたっけ。あの頃は、そんな自分の心情なんて恥ずかしくて書けなかったけど、今なら……。
風景が思い浮かんできた。
あの校舎、あの部活の教室、たてつけの悪いドアをガタガタいわせて開けた時、先輩がこっちを見て笑ってたこと、そして次の日から毎日、先輩がいることを期待してドアを開けてた。…いない日の方が多かったけど。でも、あのドアの開ける感触が…。
自分の胸の鼓動が聞こえる。あたし、今なら書けるかもしれない。そう思った瞬間、最初のシーン、最後のシーンが順番に浮かんだ。
今なら書けるかもしれない、小説。
電車の中で最初の書き出しとあらすじを書いて、家族との夕食もそこそこ二階の自分の部屋に上がり、パソコンで続きを書いた。止まらなくなりそうなところを、明日は金曜日だからと言い聞かせて寝たが、浅い眠りだった。行き帰りの通勤では周りの目が気になって進まなかったが、帰ってから書き続け、朝方の四時に完成。土日は部屋にこもり、読み直して修正した。
初めての短編。
何度も何度も読み直した。うん、いいんじゃないかな。小説になってる。
日曜日の夜、マウスを持つ手がこわばっているのを感じた。これを押せば投稿、公開。ほんとに押して大丈夫?
えいっ と投稿のボタンをクリックした。
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