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「そう。結構昔に教えて貰ったんだ。まだボケ始めたぐらいの時だったかなぁ。ばあちゃんちに遊びに行った時に、急に一緒に作ろうって言われて。徹ちゃんが好きなんだから、あんたがこさえて食わしてやれって言ってさ。きっとお母さんあんまりこれ好きじゃないから、私に言ったんだろうね。砂糖ドバドバ入れてびっくりしたけど、あの時教わらなかったらこの味は出せなかっただろうなぁ」
きっと僕が大学に入ったか入らないか、そのぐらいの頃の話だろうか。
その時までは祖母はまだ、僕の事を覚えていたんだ。それだけじゃなくて、僕の事を想ってくれていた。
祖母が何も遺さなかっただなんて、僕はなんて思い違いをしたんだろう。祖母はちゃんとこうして、自分が生きてきた証を姉に遺して行ってくれたではないか。
僕の中にも、しっかりと刻み込まれていたじゃないか。
きっと僕が知らないだけで、両親や叔母夫婦、その他関わった多くの人々に、同じように色々な生きた証を遺して行ったんだろう。
「ちょっとやめてよ。いちじく食べながら泣くって、おかしいじゃない。お葬式でも火葬場でも平気な顔してた癖に、どうして今頃泣くかなぁ」
そうやって揶揄する姉の目にも、涙が浮かんでいた。
「……うん。美味いよ。いちじく、本当に美味しい」
僕は次から次へとこみ上げる涙を誤魔化すのを諦め、ガラス容器を引き寄せると、抱えるようにして夢中でいちじくを食べた。ばあちゃんの遺したいちじくの味を、もう一度僕の舌に焼き付けようと思った。口の中がいちじくの甘さでいっぱいになるのと同じ分だけ、頭の中にはばあちゃんの笑顔が蘇った。
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