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「ねえ、お腹空いてない? 何か食べなくて大丈夫?」
「ああ、一応はあっちで食べて来たし。お茶が飲みたいかな」
「そうね。お茶でも飲もうかしら。私もちょこちょこつまんだんだけど、どこに食べたかわからない感じ」
告別式後の精進落としで食事が用意されていたものの、僕も姉も挨拶やビール注ぎに忙しく休む暇もなかった。大したものは食べていないはずだけれど、なんだか胃がもたれたような感じがして食欲が湧かなかった。
姉は慣れた手つきで急須にお茶を淹れてくると、一緒にガラス容器を一つ持ってきた。中には茶色っぽいジャムのような物が入っている。
「何これ?」
「いちじくの甘露煮。前に作ってみたの。美味しくできたと思うからお茶うけ代わりに食べてみて。あんた好きだったでしょ?」
姉の言葉に、ずっと昔に食べたきりのいちじくの香りが蘇ってくる。蓋を開けると、丸のまま煮込まれたいちじくが飴色に光るシロップの中に沈んでいた。小さな子どもの頃の僕が、夢中で甘露煮を貪り食っている光景がまざまざと脳裏に浮かんだ。爪楊枝で刺してもすぐに崩れてしまって食べにくいからと、容器を抱えるようにしてあればあるだけバクバク食べたんだ。母はそんな僕を食べすぎだと叱り――――は母を宥め、「好きなだけ食べ」とほほ笑んでくれた。
「また作るから。徹ちゃんが食べたいだけいっぱい作ってあげるから」
そう言って、僕の頭を優しく撫でてくれた。
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