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僕は突如として呼び起こされた記憶に戸惑いを隠せないまま、恐る恐るいちじくに手を伸ばした。爪楊枝で刺した大きな飴色の塊を落とさないように注意しながら、口の中に放り込む。
脳天に響くような強烈な砂糖の甘さの底に、いちじくの甘酸っぱい香りが加わって、口いっぱいに広がった。
そうだ。僕はこのいちじくの甘露煮が大好きだったんだ。そんな僕のためにと、せっせといちじくを煮ては用意してくれた人の事を、僕が食べる様子をにこにこしながら見守ってくれていた事を、どうして僕は、忘れてしまっていたんだろう。
「……ねえ、ちょっとあんた、どうしたの? もしかして泣いてる?」
姉に言われて初めて、僕は頬を伝う涙に気づいた。
「あっ……いや、ごめん。なんでもないんだけど……」
ごまかすようにして涙を拭い、口の中に余韻のように残るいちじくの甘ったるい味をお茶で流し込んだ。
「どう? 上手く出来てる?」
「うん。美味いよ。……っていうかこれ、ばあちゃんの味だよね?」
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