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第二話:佐藤ヨシオ(男 33歳)
(2020年10月1日 13:00PM、東京 山手線外回り 3号車内)
佐藤ヨシオは空いている座席には座らず、乗車口にもたれながら、
ヘッドフォンをつけ、片手にスマホを持ちながら音楽を聞いている。
(音楽)あなたがいてくれたから~♪
手にしたスマートフォン(スマホ)の待ち受け画面には、
地下アイドルグループ「べいびーず」のリーダー、
浜田アリスの写真が映っている。
ヨシオはメガネの鼻あてを触りながら、
スマホの画面をほとんど見ることなく、
浜田アリスの歌声に聞き入っている。
電車が秋葉原駅に到着する。
平日だというのに、多くの人が秋葉原駅前を行き交っている。
ヨシオ「さてと、ライブ会場は・・・と」
秋葉原駅のはずれの雑居ビルの地下1Fがライブ会場だ。
(2020年10月1日 15:00PM、秋葉原のべいびーずライブ会場)
狭いライブ会場は、50人ほどの男性ファンで埋めつくされている。
浜田アリス「盛り上がって行くぞ!」
ファン「うぉーっ!アリス!アリス!」
ヨシオ「アリスちゃーん!!」
リーダーの浜田アリスの横には、副リーダーの桜ミサキが立っている。
べいびーずは総勢7人のグループだ。
桜ミサキ「声が小さい~!もう一回!」
ファン「わぁーっ!ミサキ!ミサキ!」
浜田アリス「それじゃあ聞いてください、新曲「ずっとあなたのそばに」です!」
曲が始まると、ファン同士が激しい踊りと掛け声をかけ始める。
ファン「はい!はい!はい!へいへいへい!」
小さな地下のライブハウスは異様な熱気に満ちている。
ヨシオ「アリスちゃーん!」
普段おとなしいヨシオに、どうしてこんな大声が出せるのか不思議なくらい、
声を張り上げて浜田アリスの名前をコールしている。
1時間30分のライブは、凄まじい熱量で終了し、
そのまま握手会へとイベントは進行していく。
べいびーずの一番人気はリーダーの浜田アリスで、2番人気が桜ミサキだった。
浜田アリスの前には長い行列ができている。
イベントスタッフ「2列に並んで、お待ちください。
写真撮影希望の方は1枚のみとさせていただいています」
ヨシオは浜田アリスの列に並んでいる。
彼はこの瞬間が人生で最高に幸せだった。
浜田アリス「きてくれてありがとう~ヨシヨシだよね?!」
ヨシオ「お、お、名前覚えてくれて、あ、あ、ありがとう」
浜田アリス「ヨシヨシ、写真とろうよ」
ヨシオ「あ、あ、はい」
浜田アリス「はい、アイ、ライブ、ユー」
ヨシオ「あいらぶゆー」
ヨシオは自分のスマホで、浜田アリスとの2ショットを自撮りする。
浜田アリス「今日は来てくれて、ありがとう~感激だよ~」
ヨシオ「あ、あ、また来ます!アリスちゃんもが、が、がんばって!」
ヨシオは両手でアリスのやわらかい手を握る。
アリスの右手の小指にバタフライの形をした指輪が光っている。
イベントスタッフ「はい、次の方どうぞ~」
ヨシオの幸せな時間は、わずか3分間だった。
列から外れたヨシオに向かって、アリスは手をふっている。
ヨシオ「さ、最高だぁ~!」
ヨシオは撮影したばかりの写真を眺めようとする。
ヨシオ「ん?なんだ、このメッセージは?」
メッセージ「アプリのインストールが完了しました!」
メッセージ「アプリを開きますか?」
ヨシオは今はじめて、スマホのインストーラーからのメッセージに気がつく。
ヨシオ「アプリ?ダウンロードなんてしてないけど・・」
ヨシオがスマホ画面をタップすると、【個人検索アプリ】が起動し始めて【2トーク】の画面が表示される。
ヨシオ「なんだ【2トーク】かよ。持っているんだけどな」
アイドルと握手を終えたファンが次から次へと会場の外に出て行く。
ヨシオもそのまま外に押し出される。
(2020年10月1日 18:00PM 秋葉原駅周辺)
すでに外は夕方になっていた。
ヨシオは再び、スマホの【個人検索アプリ】画面をチェックする。
【2トーク】には見慣れないハンドルネーム、うさぎちゃん」「少しリッチなパパ」の2つが並んでいる。
ヨシオ「なんだこれ?」
【2トーク: 少しリッチなパパ 】「イチゴじゃダメかな?」
【2トーク: うさぎちゃん 】「最低でも3は欲しいなぁ~」
【2トーク: 少しリッチなパパ 】「OK、じゃあゴムありで3は?」
【2トーク: うさぎちゃん 】「お触りナシで3がいいなぁ」
ヨシオ「誰の会話だよ、援交(援助交際)じゃん。これ」
思わず第三者のリアルな会話に少々驚くヨシオ。
ヨシオは何かの間違いでインストールされたに違いないと思った。
アンインストールしようとすると、止まっていたチャット画面が動き出す。
【2トーク: 少しリッチなパパ 】「お触りナシなら、2だね」
【2トーク: うさぎちゃん 】「最低3は欲しいの」
【2トーク: 少しリッチなパパ 】「わかったよ、3だね。今どこ?」
【2トーク: うさぎちゃん 】「まだ仕事中~」
ヨシオ「バカな会話だな」
チャット画面はリアルタイムに動いていく。
【2トーク: 少しリッチなパパ 】「アキバで仕事中?それじゃあ、会うのは鶯谷かな」
【2トーク: うさぎちゃん 】「ちょっと時間かかるけど、いい?」
【2トーク: 少しリッチなパパ 】「人気者も大変だな」
【2トーク: うさぎちゃん 】「パパ!ダメだよ、仕事の話しちゃあ」
ヨシオはチャット画面に表示された「人気者」の文字を凝視する。
【2トーク: 少しリッチなパパ 】「ごめん(謝る)」
【2トーク: うさぎちゃん 】「プンプン」
ヨシオ「はっ!」
ヨシオは「うさぎちゃん」と名乗る人物のアイコンを見て驚く。
「うさぎちゃん」のアイコンは、左手の小指にバタフライの指輪をした画像だったのだ。
ヨシオ「ま、まさか。そ、そんなバカな」
ヨシオは動揺し、秋葉原の雑踏に立ち尽くす。
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