第3話:藤井ナオト(男 42歳)

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第3話:藤井ナオト(男 42歳)

(2020年10月1日 13:00PM、東京 山手線外回り3号車内) 藤井ナオトはジーパンにポロシャツ姿で、 3号車内全体が見渡せる端の座席にひとり座っている。 ナオトは目で乗客の数を数える。 ナオト「(40代の男性が1人、その正面に20代の女性1人、 乗車口側にメガネをかけた30代の男性が1人、 一番離れた窓際に30代の男性が新聞を広げて座っている・・)」 他の乗客を見ると、欧米系の外国人観光客が3人。 ナオト「(合計7人か。テストできそうだな)」 何気ない顔をしたナオトは、手にしたスマートフォン(スマホ)の 【個人検索アプリ】と書かれたアイコンをタップする。 【個人検索アプリ】検索中です・・・ ナオト「(アプリの起動は順調だ)」 【個人検索アプリ】4件見つけました! ナオトは視線を車内に向け、スマホを触っている人数を数える。 40代の男、20代の女、メガネの男の3人はスマホを触っている。 ナオト「(操作しているのは3人。残りの4人は手元にスマホなしか・・ 【2トーク】をインストールしているスマホはどれだ?)」 【2トーク】をインストールしている人のハンドルネームが表示される。 【2トーク ユーザー】 少しリッチなパパ、HIRO、アリス命、MAKOTO ナオト「(4人か。今アプリを操作しているスマホはどれだ・・)」 【2トークチャット中 】少しリッチなパパ ナオト「(少しリッチなパパ、1人だけか)」 ナオトのスマホ画面にはリアルタイムで、 少しリッチなパパの会話している内容が次々と表示されていく。 【個人検索アプリ】・・・エラーを検知 ナオト「(エラー!?プログラムがまだ不安定だな)」 冷静を装いながらスマホを再起動し、ナオキは目を閉じる。 ナオト「(俺のたった1人の息子、ユウスケ。離婚したのはユウスケがまだ幼稚園に通う前だった)」 ナオトが31歳、妻の陽子が29歳の時にユウスケは生まれた。 ナオト「(陽子のヤツめ・・・あの女がユウスケに会わせないんだ!)」 ナオトの感情にムラムラと怒りが込み上げてくる。 ナオト「(ユウスケとは最低月2回は面会できる約束だった。 なのに陽子はなんだかんだ言い訳を作って面会させないようにしている!)」 ナオトにとって、一人息子のユウスケは人生の全てだった。 だがナオトが不況でリストラされ無職なった途端、 妻の陽子から突然の離婚届けを渡された。 ナオト「(せめて、陽子の今の状況がわかりさえすれば、 弁護士に伝えることができるんだが・・)」 今や誰もがスマホを持ち、人気の会話アプリ【2トーク】を使っている。 その【2トーク】の会話を当事者に気がつかれることなく、 スマホでこっそりのぞき見できないだろうか? 離婚後、ひとりになったナオトは前職だったプログラマーの知識を フルに活用し、1年間かけてスマホ用【個人検索アプリ】を開発した。 【個人検索アプリ】では、自分から半径10m以内にあるスマホの 電波をキャッチし、【2トーク】をインストールしているスマホに アクセスを可能にした違法なアプリである。 しかも、いったんアクセスしたスマホは持ち主が何処に居ようと、 【2トーク】を使用した内容、履歴が【個人検索アプリ】に 反映される仕組みになっていた。 これはスマホのハッキングであり、違法行為である。 だがナオトのターゲットはただひとり、妻の陽子だけだった。 陽子の【2トーク】の内容さえ、日々チェックすることができればよかった。 ナオト「(弁護士に陽子の実態を把握させ、息子を取り戻してやる!)」 電車は渋谷駅に着くと、座っていた40代の男性が下車する。 ナオト「(どれどれ、アプリはどうなってる?)」 【個人検索アプリ】3件見つけました! 【2トーク ユーザー】 HIRO、アリス命、MAKOTO 3号車内は6人に減っていた。 スマホを触っているのは、20代の女性と30代のメガネの男性の2人だけである。 ナオト「(【2トーク】を使っているのは誰かな?)」 【チャット画面 】 0(ゼロ) ナオト「(テストは成功だ。誰にも気がつかれずに【2トーク】の会話を見ることができた!)」 電車は渋谷から池袋駅に着く。 ナオトは山手線から埼京線に乗り換え、陽子が住む大宮へと向かう。 (2020年10月1日 14:00PM、大宮駅から徒歩8分のタワーマンション前) 新築マンションの入り口はホテルのロビー並みに豪華だ。 ナオトは新築タワーマンションを見上げる。 ナオト「こんな所に住んでるのか」 陽子はナオトに新しく住んでいる住所を知らせてはいない。 だが、ナオトは陽子の住所を突きとめていた。 ナオト「(確かこの10階に住んでいるはずだ・・いまの時間、陽子は会社で、ユウスケはどこかの幼稚園に通っているはずだが)」 ナオトはマンションから少し離れる。 ナオト「(まず陽子が帰宅するのを待つ。会社帰りの陽子がマンションの入り口に近づいたあたりで番号非通知で電話をかける。 おそらく陽子は電話に出ないだろう、 だがバックグラウンドで「2トーク」さえ動いていれば、 陽子のスマホにアクセスは可能だ。 【個人検索アプリ】で陽子の【2トーク】さえアクセスできればいい)」 陽子が新しいIDで「2トーク」を使用していることもナオトは知っていた。 当然、陽子からナオトへの友達申請など来るわけがない。 ナオト「(さて、夕方までどこかで時間をつぶすか・・)」 時刻は15時を過ぎている。 ナオト「ん?なんだこのメッセージは?」 個人検索アプリからメッセージが表示されていた。 【個人検索アプリ】5台にインストールされました! ナオト「アプリがインストールされた!?」 ナオトが気がついたときには、すでに【個人検索アプリ】は5台の スマホにインストールされていたのだった。
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