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意味がすぐにわからなかった。優雨は胸の中で間抜けな声を上げてしまった。
しかしわからないはずがない。すぐに理解して、かっと顔が熱くなった。
キス、という単語に反応したのだが、直後、違う意味でも熱くなってしまう。
目の前の澪に要されているのだから。
「え、は、あ、あの、なに言ってるの? ふざけないで……」
情けなくもしどろもどろになった。
ああ、本当に情けない。こんな話題くらい、さらっと流すところなのに。
だというのに澪はしれっとしている。
「ふざけてないよ。いいって言ったじゃん」
「そんな内容なんて、思わなかったからなんだけど!?」
先生の時間であることも忘れて、つい素が出ていた。澪はそれを見て、何故か楽しそうな顔をする。
その様子にまた恥ずかしくなった。何故年下の、それも中学生の子のほうが余裕だというのか。おまけに過激すぎる要望で引っ掛けなどされて。
「さー、頑張ろっかな。ご褒美ももらえるしさ」
澪は優雨から視線を外してノートに落とした。澪の中では決定してしまったらしい。
「ちょっと、いいなんて……」
反論しようとしたのに、澪はそれを無視して、おまけに鼻歌でも歌いそうな様子で元通りペンをノートに滑らせはじめた。
今度、勉強どころではなくなったのは優雨のほうであった。澪の手元を見守らないといけないのに、こんなことになってはなにもなかったようにできるものか。
優雨はノートでも澪でも、部屋のどこかでもない宙を見つつ、ぐるぐるしてしまう。
困った。
そりゃあもう、とても困った。
困ってしまうのは、言われた途端に浮かんだのが、嫌悪ではなく恥ずかしさ、であったこと。
つまり嫌ではないわけで。
自分の咄嗟の思考は優雨に思い知らせてきた。
嫌ではない、ということは、つまり、……。
恋のはじまりはきっと、この雨があがって海の輝く明るい季節がきたときのこと。
(完)
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