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しかし、すぐに突き当たってしまった。道の続いている右へ折れると、その先は吹き抜けになっている。そっと下を覗き込むが、ぽっかりと真っ黒い、大きな穴が空いているようにしか見えない。まるで、ブラックホールだ。吸い込まれてしまいそうな錯覚に陥る。少なくとも、今いる場所が二階以上なのだと知れた。
無意識にぎゅっと握り締めていた手すりから離れて、右側へ顔を向ける。すると、階段を発見した。あるのは下りのみ。他には見当たらない。どうやら、ここは最上階であるらしかった。
止まったとはいえ、警報が鳴り響いたのだ。非常事態であることに変わりはない。留まらず、ここは階下へ降りるべきなのだろう。そう判断し、階段へと向かい歩く。
今のところ、火災や非常時らしき痕跡は一切見受けられなかったが……まあ、何もなければその方が良いに決まっている。
それにしても、何故こんなにも静かなのだろうか。
ここは、自身の家であるのだろうか。誰にも遭遇しないとは、どういうことだ。この建物には、わたし一人しか存在しないということなのだろうか。
そして、どうしてわたしは何もわからないのだろうか。
ここがどこかも、何故この場にいるのかも、まったく判然としない。
わたしは、一切の記憶を失っている――
とはいえ、こんなところで考えていたって仕方がない。一人で思考し続けていたところで、何もわかりはしない。ならば、今はこの建物が安全であるかを確認することこそが、何よりも優先すべきことだろう。
階段を一段踏む。暗いので慎重に……と、そこで初めて、自身以外の声を聞いた。足がぴたりと止まる。耳を澄ませた――下からだ。それは、だんだんとこちらへ近付いてくる。どうやら、男女の話し声のようだ。
「――それにしても、いったい何だったのでしょうね、あの警報。一階へ着いた途端に、突然鳴り止むとは……」
「さあなー。無駄足だったのはムカつくけど、とりあえず何もなさそうだったし、良いんじゃねえの? ……ったく、何かおもしれえことでも起こったのかと思ったのによー。つまんねえよなー」
「はは……貴方は相変わらずですね」
「んー、にしても眠い……まだこんな時間だし、あたしは寝直す」
「そうですね。きっと誤作動だったのでしょうし、ボクも――おや?」
「あん?」
暗闇から現れたのは、男女二人組。四つの目が、わたしを捉える。
一度止まった足だったが、再びこちらへ近付いてきた。
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