失われた記憶

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「こんばんは。セナさんも起きてこられたのですね。大きな音でしたものね。ボクも飛び起きてしまいましたよ」 「だよなあ。でもよお、煙も何もなかったぞ。たぶんだけどさ、何だっけ? ――ああ、誤作動ってやつ? つーことだからさ、安心して部屋に戻って良いぞ」  フランクに話し掛けられたが、まるでピンとこない。誰なのだろうか、この人たちは。  わたしを見た、この反応。相識の間柄と察するけれど……。 「あん? どうした、セナ」  階段を上がりきった二人が、無言でいるわたしの顔を見て、不思議そうな表情を浮かべている。  言葉と視線を向けられたわたしはというと、ただただ戸惑っていた。考えてみたけれど、やはり覚えがない。  それに、セナと呼ばれた。わたしは、セナというのか。 「あ、あの……申し訳ありませんが、お二人は、どちらさまですか?」 「どちら様って……なんだ、寝惚けてんのか? セナ」 「セナさん、様子がおかしいですね。何か、あったのでしょうか?」  わたしの顔を覗き込んでくる、長身の女性。男のひとのような口調で話しながら、肩を竦めている。優しいというよりは、どっしりと構えた余裕の笑みを湛えていた。不遜な態度だが、そのさまがしっくりくるひとだ。ともすると、失礼な態度をとっていると捉えられてもおかしくない状況だというのに、わたしの言葉を冗談と受けているのだろうか。  一方で、わたしと同じくらいの背丈の男の子が、心配そうに眉尻を下げてこちらを見つめていた。隣の彼女に敬語で話していたということは、外見通り年下なのだろう。穏やかそうな顔をしている。  まるで、正反対の反応を向けられている――そう思った。  わたしは、そんな二人の顔を交互に見ながら、おずおずと切り出した。 「わたしは、セナ、というのですか?」 「は……?」 「す、すみません。何も、わからなくて……」  びくりと肩を震わせ、女性の声に顔を俯ける。そうではないのだろうが、まるで怒られているようだと感じる声音だった。 「セナさん、それって……」 「わからないって、セナ。それ、本気で言ってんのか?」  面食らった顔で呆ける女性。それは、すぐさま苦笑に変わった。 「冗談――じゃあ、ねえみてえだなあ。あんた、そういうジョークセンスなさそうだったもんな……なあ――何があった?」  瞬間。一転して、鋭い光を帯びた瞳に見下ろされ、一歩後退る。まるで、蛇に睨まれた蛙だ。  何が、と言われても……わたしが知りたいくらいなのだが……。
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