48人が本棚に入れています
本棚に追加
力を入れた気配と、腕を振り上げる時に生じた、風を切る音が聞こえる。
そうして、喚く声が離れた場所で聞こえた、次の瞬間――
「っ……!」
半歩隣で、風が起こった。
ばくばくと鳴る心臓を、そっと服の上から押さえる。
この心音が彼女に聞こえてしまうのではないか――そんな恐怖を抑えつけながら、こそこそと、ゆっくりと。わたしはその場から離れるようにして、逃げた。
目を閉じていたおかげか……暗闇に少し目が慣れている。
どうしよう。とにかく、何か灯りを――
向かうなら電気室か。ブレーカーが落ちただけなら、復旧できるかも。
でも、この暗闇では行ったところで、何も見えない。
何か、何か――懐中電灯とか……。
あれ、確かどこかにあった。どこで見たのだったっけ……。
思い出せ……どこだ、見たのは――
その時。そっと左手が、どこかのドアに触れた。
玄関の隣。ここは――
「くっそ、何も見えねえ……おい、セナ。どこだよ? 近くにいんだろ? 出てこいよ」
「……!」
思わず漏れそうになった声を、呑み込んで。そっと雨音に紛れるように、気付かれないように、ゆっくりゆっくり、慎重にドアノブを握る手へ力を入れて。わずかに作った隙間から、体を室内へと滑り込ませた。
閉める時だって、油断してはならない。開けた時と同様に、そっと、ぱたん……閉じて。
ほっとしたのも、束の間。急いで目当ての物を見た棚へと向かった。
「あった……」
懐中電灯を手にして、ぎゅっと握る。
今頃キーツは、どうしているだろうか。
あの二人なら、暗闇でも動いていそうだけれど……。
「死んじゃ、だめだよ……」
男の無事を祈って。
そうしてわたしは電気室へ向かうべく、覚悟を決めた。
◆◆◆
ざあっと館を叩きつける、激しい雨。
雷雲は遠ざかったのだろう――轟音は、あれきりだった。
漆黒の闇。その中で、わたしはリビングルームで一人、息を殺していた。
両手の中には、ぎゅっと固く握られた懐中電灯。
時折左腕が――二の腕が、ずきりと痛む。
大丈夫。ちょっと掠っただけだ。
動かせるし、利き腕じゃない。
だから、こんなことで立ち止まっているわけにはいかない。
けれど――扉の向こうでは、女性の声が響いていた。
「何で暗いんだよ! 見えねえだろうが! ……セナ……もう鬼ごっこは終わりだろ? 今度はかくれんぼかよ……」
苛立ち混じりの声が投げ掛けられる。
彼女はわたしが聞いているのを知ってか知らずか、続けた。
最初のコメントを投稿しよう!