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「なあ、あんたも周りが見えねえんだから、こそこそ隠れてねえで出てこいよ。まあ、安心しろって。まずは休戦といこうじゃねえか。こんな状態で暴れたって、互いに良いことねえよ。だから――」
声が近付いてくる。心臓が口から飛び出しそうなほどにばくばくと、うるさいくらいに聴覚を支配していた。
安心しろという声音は、信じられないまでに刺々しい。
怒りと、それからどこか不安さえ孕んでいるかのようだ。
「出てこいって!」
叫びに似た声とともに、扉を開ける音がする。おそらく、隣の娯楽室だろう。
「……いねえのか?」
思うに、扉を開けたままにしているらしい。閉じられる音は、聞こえなかった。
「どこだよ……こっちか?」
物置側へと行ったか――遠ざかる足音にホッとしつつも、安心してばかりもいられない。
向かった先にいないとわかれば、彼女はこのリビングルームにもやってくるだろうことが、想像するまでもなくわかった。
「いねえじゃねえか……だったら――」
「――!」
いつの間に――突如勢いよく開いたのは、リビングルームの扉。わたしは、まるで石像かのように、その場に固まってしまった。
「……あん? いねえな……」
ぼそりと短く、トーンの低い声で呟いて。
エルサさんは、まだ目が慣れていないのだろうか――部屋へ入って来ることもなく、わたしに気付かずに、その場を後にした。
念のため、ソファーの後ろに隠れていて正解だった……しかし、隈なく調べられていたら、呆気なく見つかっていただろう。
「どこだよ……。ったく、セナ……かくれんぼが上手いな、あんた……」
玄関の方に行ったのだろう――向かって右から、言葉は投げかけられた。
彼女は、この場を去った――扉を、開けたまま……。
「くそっ……トーリと合流するか?」
言いながら、食堂へ向かって行ったのだろう。声が遠ざかる。
どうする……出て行くなら、今か。
しん、とした廊下をそっと覗き見ながら、逡巡する。
――これは、チャンスか。
でも、エルサさんがいつ戻ってくるとも知れない。それに、本当に食堂へ行ったのか。
わからない――もし、本当にトーリくんの元へ行ったのなら、この機会を逃すわけにはいかない。
だけど、でも……もしも、これがトラップだったならば。
そうであったなら、この部屋の扉の、すぐ近くで待ち伏せているかもしれない。
どうするか。どうしたら……どうしよう――
出るか。出ないか。
でも、いつまでもここにいるわけにはいかない。
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