暗闇の鬼ごっこ

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 どこが少しずつ痛めつけて傷つける、だ。  どう見ても確実に仕留める気ではないか。  直線的な動きから、横に逸れて。わたしは入り口に向かって走る。  しかし、ずっとまっすぐ向かってきていた軌道は、ここにきて曲線を描き始めた。 「逃がしませんよ――!」  無表情に、冷たい瞳はそのままに。口元だけで嗤ってみせる少年。  その表情に、ぞくり……びくつく。 「ふふ……」  まるで人形だ。殺戮のために動く機械。  唇だけが笑みをインプットされたロボット。  包丁が自身の一部であるかのように、操ってみせている。 「逃げるのがお上手なセナさん……貴方の足を一本、ボクにくださいね」  言われて、ひゅっと喉が鳴る。  まるでおもちゃをくださいとでも言うかのように放たれた、その言葉に戦慄して。  そして、ズキリ――こんな時に、殴られた頭がひどく痛んだ。  視界が眩んで、その場にどさり、倒れ込む。 「おや、恐がらせてしまいましたか? それとも、ボクのために足を差し出してくれるのでしょうか……」  そんなこと、誰が好き好んで――!  もう扉は目の前。開かれたそこから、一階へと一直線に逃げなければ。  なのに、走る痛みが邪魔をする。 「では……」  立ち止まっていた足を、ゆっくりと進め。  ぺろり、唇を舐めて。  ヘーゼルの瞳を細め、少年は包丁を躊躇いもなく振り上げた。 「冗談じゃ、ない――!」  必死の抵抗。  わたしはなんとか起き上がって、そばに設置されていた消火器を手にした。  しかし、驚くほどにそれは重たい。  仕方なくわたしは床に置いたまま瞬時にピンを抜き、ホースを彼へ向けてレバーを握った。 「――!」  勢いよく放たれる、ガス状のもの。  しかし、どこか想像内の粉末と違う。  それに、知っている形状とも、どこか違うような……。  ちらり、気になって見た表示には―― 「二酸化炭素……?」  口にした途端、くらり――軽い目眩。そして、わずかな手足の痺れ。  瞬時に理解した。これは、人体にとって有害物質だということに。  大量に吸い込んではならない。酸欠状態に陥ってしまう―― 「っ……!」  わたしはホースを手放し、力の入らない手足を叱咤して、電気室を飛び出した。  振り返る余裕は、なかった。 「っ、はあっ、はあっ……!」  階段を駆け上がって、一階に辿り着いて。  閉鎖的な地下室より、いくぶんか空気の違うフロアで、わたしは深呼吸を繰り返した。 「……」  ちらり、後ろを振り返る。  追ってくる者は、いない。
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