失われた記憶

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 いつだって残酷でしかない、リアルという真実へと。  そして、ただただ後悔をするだけとも知らずに―― ◆◆◆ 「――ん……」  ふわりと浮上した意識に導かれ、瞼が上げられた。  天井、壁、家具――室内の内装を見て、ここが自室ではないということを、ぼんやりと意識が判断する。  そうして、自分が宿泊先の館にいることを理解した。 「……え――?」  館と、今確かにそう思った。飛び起きて、記憶を辿る。  ずきり――鈍い痛みが、またもや後頭部に走った。短い唸り声が、喉奥から漏れ出る。  それすらも同じ――顔を歪めながらも額に左の手をあて、目を閉じた。  数時間前の、まだ夜が明けていない頃。突然のサイレンに起こされて、何もかもわからないままに、暗闇を彷徨いながら歩いた。  そうして出会った二人は、わたしのことを知っているようだった。  そろり、目を開ける。 「わたしは……セナ――?」  それは、二人がわたしに向かって呼んだ名前。  しかし、やはり、ふわりとした意識に邪魔をされた。  わたしは、セナというのだろうか……わからない。  あの二人のことも、どうしてここに宿泊しているのかも、自分が何者なのかも。  寝て起きたところで、やっぱりわからなかった。  ただただ唯一、ここが誰かの館であるということくらいしか―― 「そんなことわかっても、仕方ないのに……」  それでも、あの二人か、あるいは館の主人が、わたしのことを教えてくれるだろう。  困ったら頼って良いと、そう言ってくれていた言葉を思い出して。  わたしは目に留まった、床に転がっているボストンバッグから服を取り出して着替えた。  顔を洗うべく、洗面台へ向かう。鏡に映る姿は、なんだか気弱そうな印象を与えた。  セミショートの黒髪。前髪は少し長めだ。そろそろ切った方が良いだろう。  ダークブラウンの瞳が、じっとこちらを見つめている。どこか既視感があるのは、自分の顔だからだろうか。  冷たい水に顔を晒す。頭を上げて再び見つめた鏡は、しかし、当たり前だが、先程抱いた第一印象をそのままに映していた。  残念ながら、じっと見ていたいものでもない。くるりと踵を返し、ざっと部屋を見渡してみるものの、どうやらわたしの荷物は、このバッグ一つだけのようだった。  しかし、身元の分かる所持品が一切ない。  誰かに連絡を取ろうにも、通信機器は見当たらなかった。  金銭の類もない。
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