ヘマトフィリア

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 近くにあったブランケットを、腹部へかけてやる。  青かった顔が、やや血の気を取り戻したように見えた。 「吐き気は?」  声を掛けると、ふる、と。小さく首が、横に振られた。 「で、何があった。どうしてお前がこの男を助けている?」  ソファーの横に立って腕を組んでいる男に、怪訝な顔を向けられる。  まあ、それはそうだよね……。 「まずは、お礼を言わせて。さっきは、手を貸してくれてありがとう。助かった」 「あのままもたもたしていれば、共倒れだったからな」 「そ、そうだね……」  だとしても、見捨てずに力を貸してくれた。  その紛れもない事実に、胸が温かくなる。 「それで? 地下で何をしていた」 「あ、うん――実は、電気室で襲われて……消火器で、応戦したんだけど……」 「消火器?」 「うん。その消火器、二酸化炭素って書いてあって……」  刹那、知っているのだろう。男の顔が更に険しくなる。 「……有毒ガスか」 「そう……酸欠になって、それで……」 「電気室にはそういった消火器が置かれていることが多い。感電のおそれや、後始末の問題。機械の故障を防ぐために」 「そ、そうなんだ……」 「ただし、地下のような場所で使うことは、危険だ」  その理由を教えてもらう必要はなかった。  今まさに、体験したからだ。 「滅多なことではないから、そこまで考えられずに設置されたままだったのかもな」  キーツの眉間に、皺が刻まれる。  それは、わたしに危険が及んだからか。それとも、館の主人の不注意に対してか。  だけど、聞けない……。だってそれは、きっとわたしの欲する答えじゃないと、そう思うから。 「っふ……」 「トーリくん……」  目の前でゆっくり、懸命に呼吸をしている少年の姿を見て、心が痛む。  きゅっと唇を噛んでいると、ぽん。大きな手が、頭の上に置かれた。 「それで、血相変えてその男を助けたのか。お前が死ぬかもしれないというリスクを背負ってでも」 「……迷ったよ。だけど、見殺しになんて、できない」  トーリくんは、包丁でわたしを刺そうとした。傷つけようとして、殺そうとした。  恨まれ、憎まれて、恐怖を与えられた。  それでも―― 「だって、演技だったかもしれないけど、それでも……わたしに優しくしてくれたひとだから――」  だから、叶うのならば誤解を解いて。  また今朝のように、三人で。みんなで、笑って穏やかに過ごせたら。  そうできたら、どんなに良いか―― 「お人好しって次元じゃないな」  すっと、温かな手が離れた。
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