ヘマトフィリア

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 名残惜しくて温もりを目で追うと、キーツはどかっと、向かい側に置かれたソファーへと、腰を下ろした。  そして、遠慮なく言い放つ。 「馬鹿だろ、お前」 「ばっ……」  反射的に反論しかけたわたしだったが、しかし、向けられた、どこか呆れているような顔の、その中に滲む優しい眼差しに、ただただ黙って口を閉ざした。 「で、お前。これからどうするつもりだ?」 「これから?」 「ああ。ちなみにあの女なら、食堂に縛りつけてある」 「え――?」  どこか悠長にしていると思えば、エルサさんを食堂に縛りつけてきたって――? 「……い、生きては、いるんだよね?」  おそるおそる、どきどきしながら問う。 「一応、まだ殺してはいない」 「まだって……」 「気を失っているだけだ。目を覚ましたら、いろいろと聞きたいことがある」  しれっと、素っ気なくそんなことを言ってのけて、目の前の男は続けた。 「だから、その間にお前を探しに来た。あの女が食堂へ戻ってきたからな。お前が既にやられているんじゃないかと、心配した」 「キーツ……」 「お前を誰にもくれてやるつもりはない。そう言っただろう」 「……そう、だったね」  ――お前を殺すのは、俺だと。言外にそう言われているのだと、察した。  一瞬でもときめいたのは、気のせいだったと思いたい。  それにしても。わたし、本当にこのひとと一緒に旅行に来たがっていたのかな……? 「停電の後、電気が点いたが……あれは、お前が?」 「うん。懐中電灯をここで手に入れて、電気室に行ったの。どこも壊れてなくて、ブレーカーが落ちていただけだったから、わたし一人でも復旧できた」 「そうか。暗闇であの女と対峙していたんだが……突然明るくなったことで、女の隙をつけた。腕の傷を狙って仕掛けたら、易々と捕まえることができた。だから、助かった」 「そうだったんだ。良かった」 「追い回されている状況で、よくやったな」  穏やかに微笑まれて、顔に熱が集まる。  心臓が、きゅうっと締め付けられるような感覚。  キーツに褒められた……わたし、頑張って良かった――! 「それにしても……地下へ向かった理由が、この男を助けるためだなんてな」 「あはは……」  理由はともあれ、心配してくれたひとを驚かせてしまったことに、苦笑する。 「本当、ですよね……」 「トーリくん!」  力ない声がふいに届いて。わたしは慌てて横になっている少年の名を呼んだ。 「あの状況で、ボクを助けようとしますか?」
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