ヘマトフィリア

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「大丈夫、じゃないよね……喋って、平気なの?」 「まだ、動く元気は、ありません……ですが、きっと、貴方が、すぐに来てくださったから……だから、軽度で済んでいるのだと、思います」  やや途切れ途切れでもしっかりと言葉を紡ぐ姿に、ひとまず胸を撫で下ろした。  こっそりと、罪悪感を抱きながらも―― 「良かった……無理はしないでね。何か、欲しい物はある?」 「ふふ……おかしな人です。貴方は、ボクに殺されかけていたというのに」 「それは……」  確かに、そうなのだけれど。  でも、今こうして力なくも微笑んでくれるこの子は、狂気など欠片もない。  昨夜と、そして今朝の。世話焼きな、優しいトーリくんだった。 「話は、全部聞かせていただきました。どうか、ボクを食堂へ。エルサさんの元へ、連れて行ってはいただけませんか?」 「お前とあの女を会わせろと?」  険しい顔から、怒気を孕んだ声が飛ぶ。  しかし、対する少年は怯むことを知らない。 「このような状態のボクには、何もできませんよ。それに、エルサさんは、縛られているのですよね?」 「……それが、演技ではないと?」 「キーツ……」  この状態が演技だなんて……もう少しで死んでいたかもしれないというのに。  しかし青い瞳は、わたしを(たしな)めるように鋭く細められた。 「少しは疑うことを覚えろ。命がいくつあっても、足りやしない」 「そのご忠告には、ボクも賛成です」 「トーリくんまで……」  弱々しく笑って。そうしてトーリくんは、まっすぐわたしの目を見た。 「ボクから逃げる様は、一般人には到底見えませんでしたけれど……ですが、不思議なのです。殺人鬼にも、見えなくて……だから、貴方の言葉を信じてみようと思ったのですよ。ボクの、命の恩人を」 「トーリくん……」  嬉しかった。誤解が解けたと思った。  涙が、出そうだった。 「……俺は信用していないからな。少しでもおかしな真似をしてみろ。その時は、すぐに殺してやる」 「キーツ……」 「構いません。エルサさんの元へ、連れて行ってくださるのならば」 「……行くぞ」  至極、不本意だとでも言いたげに舌打ちをしてから。  キーツは、ひょいとトーリくんを抱え上げた。 「あの、可能であれば、あまり揺らさずに、運んでいただけませんでしょうか?」 「黙ってろ」  病人の言い分など聞かずに乱雑な仕草で部屋を出て行く男を、わたしは慌てて追いかける。 「……こうなってしまうのなら、地下へ向かったのは間違いでした」
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