48人が本棚に入れています
本棚に追加
「大丈夫、じゃないよね……喋って、平気なの?」
「まだ、動く元気は、ありません……ですが、きっと、貴方が、すぐに来てくださったから……だから、軽度で済んでいるのだと、思います」
やや途切れ途切れでもしっかりと言葉を紡ぐ姿に、ひとまず胸を撫で下ろした。
こっそりと、罪悪感を抱きながらも――
「良かった……無理はしないでね。何か、欲しい物はある?」
「ふふ……おかしな人です。貴方は、ボクに殺されかけていたというのに」
「それは……」
確かに、そうなのだけれど。
でも、今こうして力なくも微笑んでくれるこの子は、狂気など欠片もない。
昨夜と、そして今朝の。世話焼きな、優しいトーリくんだった。
「話は、全部聞かせていただきました。どうか、ボクを食堂へ。エルサさんの元へ、連れて行ってはいただけませんか?」
「お前とあの女を会わせろと?」
険しい顔から、怒気を孕んだ声が飛ぶ。
しかし、対する少年は怯むことを知らない。
「このような状態のボクには、何もできませんよ。それに、エルサさんは、縛られているのですよね?」
「……それが、演技ではないと?」
「キーツ……」
この状態が演技だなんて……もう少しで死んでいたかもしれないというのに。
しかし青い瞳は、わたしを窘めるように鋭く細められた。
「少しは疑うことを覚えろ。命がいくつあっても、足りやしない」
「そのご忠告には、ボクも賛成です」
「トーリくんまで……」
弱々しく笑って。そうしてトーリくんは、まっすぐわたしの目を見た。
「ボクから逃げる様は、一般人には到底見えませんでしたけれど……ですが、不思議なのです。殺人鬼にも、見えなくて……だから、貴方の言葉を信じてみようと思ったのですよ。ボクの、命の恩人を」
「トーリくん……」
嬉しかった。誤解が解けたと思った。
涙が、出そうだった。
「……俺は信用していないからな。少しでもおかしな真似をしてみろ。その時は、すぐに殺してやる」
「キーツ……」
「構いません。エルサさんの元へ、連れて行ってくださるのならば」
「……行くぞ」
至極、不本意だとでも言いたげに舌打ちをしてから。
キーツは、ひょいとトーリくんを抱え上げた。
「あの、可能であれば、あまり揺らさずに、運んでいただけませんでしょうか?」
「黙ってろ」
病人の言い分など聞かずに乱雑な仕草で部屋を出て行く男を、わたしは慌てて追いかける。
「……こうなってしまうのなら、地下へ向かったのは間違いでした」
最初のコメントを投稿しよう!