ヘマトフィリア

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「ええ……あの、構わなければ、何か飲ませていただけないでしょうか? できるならば、うがいもしたいのですが……」 「わかった。水を持ってくるね」 「すみません……」  たたっと隣の調理場へと駆けていく。だが、そこでわたしは立ち止まった。  その背に、キーツの声が掛かる。 「どうした、何かあったのか?」 「――血が」 「セナさん?」  わたしは、調理場の入り口に立ち竦んでいた。  天井から滴る血を、眺めながら―― 「ふふっ……」  そうして、ただただ口元を歪ませていた。 ◆◆◆  ――ぽた、ぽたた……不規則に滴る、赤い色の液体。  それは、調理場の天井から染みて床へと降り、小さな水溜まりを形成していた。  わたしの目が、釘付けになる。  息が上がっているというのに、何故だろうか。  苦しいとは、微塵も思わなかった。 「おい、どうし――」  低い声は、頭上から降ってきた。男のものだ。  背後から掛けられたそれは、わたしが立ち止まった要因を見つけて、小さく驚いた。 「血、か?」  わたしの体を押しのけて、キーツはずんずんと水溜まりへ近付く。  天井と床へ交互に目をやりながら、顔を顰めていた。 「おい、おま――何が楽しい?」  わたしを振り返って。  そうして向けられたのは、更に険しくなった表情だった。 「え?」 「とぼけているのか? 何が楽しいのかと聞いたんだ」  ――ああ、そうか。  キーツは、わたしがこんな反応をすることを知らないのか。  だったら怪訝な顔になるのも、無理ないよね。  わたしだって最初は驚いたし、信じられなかったんだもの。  でも、理由を問われたって困る。  どうしたって、理性じゃどうにもならないくらいに、この顔は、心は。  自然と、笑顔になってしまうのだから―― 「何だろう……わからない」 「……お前、ヘマトフィリアか」 「え?」  初めて耳にした単語に、首だけを傾げる。  だらしない表情は、そのままに。 「ヘマトフィリア――血液性愛。血に対して興奮するパラフィリアだ」 「ヘマト、フィリア……血に……?」  もう一度、未だに滴り続ける赤を見る。  それだけで、心に巣食う不安が消えていくようだった。  何かが満たされていくような、空虚が埋まる感覚。  ――わたしは、ヘマトフィリア。  だから血を見て、こんなにも興奮してしまうのか―― 「それで欲望のままに殺戮か……血を見たいがために」 「違――っ……」  違う――そう言いかけたわたしは、しかし、そのまま力なく口を閉ざした。  否定なんてできない。証拠なんてない。
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