48人が本棚に入れています
本棚に追加
「ええ……あの、構わなければ、何か飲ませていただけないでしょうか? できるならば、うがいもしたいのですが……」
「わかった。水を持ってくるね」
「すみません……」
たたっと隣の調理場へと駆けていく。だが、そこでわたしは立ち止まった。
その背に、キーツの声が掛かる。
「どうした、何かあったのか?」
「――血が」
「セナさん?」
わたしは、調理場の入り口に立ち竦んでいた。
天井から滴る血を、眺めながら――
「ふふっ……」
そうして、ただただ口元を歪ませていた。
◆◆◆
――ぽた、ぽたた……不規則に滴る、赤い色の液体。
それは、調理場の天井から染みて床へと降り、小さな水溜まりを形成していた。
わたしの目が、釘付けになる。
息が上がっているというのに、何故だろうか。
苦しいとは、微塵も思わなかった。
「おい、どうし――」
低い声は、頭上から降ってきた。男のものだ。
背後から掛けられたそれは、わたしが立ち止まった要因を見つけて、小さく驚いた。
「血、か?」
わたしの体を押しのけて、キーツはずんずんと水溜まりへ近付く。
天井と床へ交互に目をやりながら、顔を顰めていた。
「おい、おま――何が楽しい?」
わたしを振り返って。
そうして向けられたのは、更に険しくなった表情だった。
「え?」
「とぼけているのか? 何が楽しいのかと聞いたんだ」
――ああ、そうか。
キーツは、わたしがこんな反応をすることを知らないのか。
だったら怪訝な顔になるのも、無理ないよね。
わたしだって最初は驚いたし、信じられなかったんだもの。
でも、理由を問われたって困る。
どうしたって、理性じゃどうにもならないくらいに、この顔は、心は。
自然と、笑顔になってしまうのだから――
「何だろう……わからない」
「……お前、ヘマトフィリアか」
「え?」
初めて耳にした単語に、首だけを傾げる。
だらしない表情は、そのままに。
「ヘマトフィリア――血液性愛。血に対して興奮するパラフィリアだ」
「ヘマト、フィリア……血に……?」
もう一度、未だに滴り続ける赤を見る。
それだけで、心に巣食う不安が消えていくようだった。
何かが満たされていくような、空虚が埋まる感覚。
――わたしは、ヘマトフィリア。
だから血を見て、こんなにも興奮してしまうのか――
「それで欲望のままに殺戮か……血を見たいがために」
「違――っ……」
違う――そう言いかけたわたしは、しかし、そのまま力なく口を閉ざした。
否定なんてできない。証拠なんてない。
最初のコメントを投稿しよう!