ヘマトフィリア

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 記憶を失う前のわたしが何を考えていたかだなんて、そんなことは一切わからないからだ。  だけど―― 「そうかもしれない。でも、違うかもしれない」  わたしを襲った、第五の人物。  そのひとが殺人鬼かもしれないのだから。 「いずれにしろ、お前が見たという女を見つけるしかないな……本当にいるのならば」  言って、もう一度天井を見上げたキーツ。  味方かと思えば、こうして時折突き放される。  本当にいるのに……見たのに……。  あなたは信じていないって、そう言うのね……。 「この真上は……お前の部屋じゃないのか?」  言われて、二階の部屋を思う。  室内の大きさを思えば、風呂場や食堂の方が大きいため、正確にはわからない。  けれど、確かにこの真上は、ちょうどわたしが泊まっている客室になるのではないか? 「わたしの、部屋?」  呆然と、天井を透かすように見つめる。  もちろんだが、部屋の様子がこの瞳に映ることはない。  鍵は掛けてこなかった。  今、この上で何が起こっているのだろう?  滴るほどの血が床に広がっている状況とは、いったい何を示すのか―― 「誰かが、上にいる?」  誰か――たとえば、あのひと。わたしを気絶させた、第五の人物。  だってそうだ。ここには四人ともが揃っている。  先程までなかったはずのこの光景は、今まさに二階で何かが起こっているという証拠ではないのか? 「キーツ」 「部屋を見に行く」  水の入ったペットボトルを掴み、そう言ったキーツは、手にしたそれをぽいと、少年へ投げて寄越す。  綺麗な放物線を描いた飲料は、見事にトーリくんの両手に収まった。  しかし結果を見届けることもなく、男は廊下へと出てしまう。 「セナさん、何かあったのですか?」 「二階で何か起こったみたいだから、見てくるね」  それだけを伝えて、慌てて大きな背中を追いかけようと足を踏み出した。  だが、何かを言いたそうにしている少年の顔が、ちらりと視界に入って。気になったわたしは、振り返った。 「トーリくん、どうかしたの?」 「……一緒に、連れて行っては、いただけませんか?」 「え?」  まだまともに歩けない状態だ。できるだけ安静にしておくべきだろう。  だけど、そんなことは本人がよくわかっているはずだ。  エルサさんじゃあるまいし、この少年が無茶を言うなんて……。 「体は、平気なの?」 「……肩をお借りできれば、歩けるかと……お手を煩わせてしまうので、無理は言いません」
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