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さあもう部屋に戻りなさい、エイデン王が心配しているかもしれない。父はそう言って流れる涙を拭ってくれた。
背中を押され部屋に戻り後ろ手にそっと扉を閉め、足速にベッドへ向かう。そうすると身を起こしベッドボードに背中を預けて座るエイデンに迎えられた。
「起きていらしたのですか」
「どこへ行っていた心配するだろう」
「良く寝ていらしたので少し散歩に、中庭で父上に会いました」
話はできたかと問うて腕を広げて待つエイデンの元へ頷きながら歩みを進めると、勢いよく手を引かれ体勢を崩した体は簡単に抱き込まれる。触れ合う箇所から伝わる体温が冷えた体をじんわりと温め始めた。
「冷えているな」
「寒い国ですから」
「……お前の体調次第だが明日ここを立つ」
「心の準備は出来ています」
「何度も寂しい思いをさせる……」
冷たい頬を撫でていた手はふと動きを止め、泣いたとわかったのだろう湿った目尻を親指でそっと拭われた。その指が肌を離れると、パヴィはふるふると頭を振る。
「エイデン様と出会ったあの日から僕の心は決まってます、気持ちは変わらないと言いました」
「……パヴィ、」
「エイデン様と行きます」
体の力を抜いてエイデンに身を任せるとぎゅっと抱きしめられ、目の前に迫った口元が緩く弧を描く。エイデン様は心配性だとパヴィが笑えば、煩いと言い頬は膨れてしまった。
「俺はお前の夫で妻だぞ、不安にも心配にもなる」
「……夫で、妻…」
「俺にとってのお前もそうだが違うのか?互いにとってどちらにもなり得る、だから夫婦と言わず態々つがいと言うのだろう?」
エイデンの言葉に驚かされたパヴィはしっかりと抱きなおされ、伸ばされた指についと顎を持ち上げられた。パヴィは目をぱちくりとして互いが夫で妻だと言ったエイデンを見つめる。するとエイデンは唐突にうんうんと唸り出す。いや、でも子を成せるのはお前の体だし。そうしらたやっぱお前が妻になるのか、でも長子として努力し生きてきたお前の心も尊重したい。そうやって一通り思考を巡らせどうやら行き着くとこへ落ち着いたらしく、エイデンはぽんと一つ膝を打った。
「うん、お前が側にいるならば立場なんて何でもいい」
「……、」
「なんだ、どうした?」
「お、男として立ててもらえるなんて思わなかったので……」
「俺は知っているぞ、お前が一等いい男だってことを」
自分よりも圧倒的に男らしい形をしている癖に何を言うのだと思った。でも素直に嬉しかった。恐らくエイデンの言ういい男というのは、見てくれではなく中身を指しているのだろう。やる事なす事女々しいことこの上ないのにと、自分の行いを振り返り思わず苦笑してしまう。
「ほら、俺を甘やかせ。お前は妻を放っておくような不甲斐ない夫か?」
「〜〜〜、かッ揶揄わないでください!」
機嫌の良いエイデンはパヴィを抱えたまま膝を数回揺すると、振動に驚いて胸元へ縋ったパヴィへほらと言って首を傾げる。その面持ちはとても楽しそうで意地悪だ、だからパヴィも意地になり腕の拘束から逃れようと身を捩り、目の前の肩をぐっと押し返した。
「僕だって貴方と出会わなければ女性と婚姻していたかもしれないし、夫として妻を甘やかすなんて容易いことです!」
「……ほう」
「女性と契りを交わしたとして、こっ、この体で子作りができるのか分かりませんが……」
「それで?」
「え、と……だから、エイデン様の事だってうんと甘やかして……、」
今度はパヴィがおやと首を傾げた。先程まで頗る機嫌が良さそうだったというのに、それでと言った声に不機嫌さが滲み出ていたからだ。
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