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空が白み始めた間も無く夜が明ける。
温もりに包まれてすっかり寝入っていた身を起こすと、腰に巻きついていた褐色の腕が解けた。あらゆる体液で濡れた身はすっかり清められ、エイデンに噛まれた頸には清潔な布が充てがわれていた。
少しだけ冷たい空気が吸いたくて、こっそりとベッドを下り部屋を抜け出すとパヴィが向かったのは中庭だ。幼い頃によじ登っては散々怒られた木々を横目にさくさくと雪の上を歩き、中央でまだ星の輝く空を見上げる。吐き出す息は白く、あっという間に霧散した。そこへもう一つ足音が聞こえ、伺う様に辺りを見回すと現れたのは……。
「父上?」
「ああ、ああ、パヴィか!」
静かな声でパヴィの名を呼び、驚いたように目を見開いて現れたのは父だった。ロリィはリアが見ているから安心してくれと優しい笑みを浮かべて隣へとやってきた父は、パヴィに倣って上を見上げる。白み始めた空が間も無く星を隠してしまうだろう。
「お前の母が、そこにいるのかと思ったぞ」
「そんなに似ていますか?」
「ああとても」
「会いたいですか、母上に」
「会っているさ、毎夜夢でな」
はっはと楽しそうに笑った父は、とうとうエイデン王とつがいになったのだなと言いパヴィの肩を抱いた。冷えた箇所を摩る手が父の生きてきた歳月を思わせる。
「お前にどうしても言わなければならない事がある、父の話を聞いてくれるかパヴィ」
肩をぐっと引き寄せて、パヴィを見下ろす瞳はどこか少し寂しそうだった。肩に添えられた皺のよる父の手を自らの手で覆い、パヴィが視線を上げるとゆっくりと口が開かれる。
「お前が生まれたその日からいつか手放す時がやってくると覚悟していた。そう分かっていたというのに、私の後を継ぐのだと懸命に努力するお前を止められなかった。父としてそれが嬉しくて嬉しくて……可愛く愛おしいお前の頑張りがいつか無駄になるかもしれないとわかっていながら、親のエゴでお前を沢山傷付けてしまった」
すまない、許してくれ、そう言う父の頬に何度も涙が伝う。パヴィはその涙を手のひらで懸命に拭った。父はいつのまにこんなに小さくなってしまったのだろう、少し曲がった背を抱きしめずにはいられなかった。
「父上、父上、」
「私はもう二度とお前に会えぬかもしれない」
「そんな寂しい事を言わないでください、父上」
「いいや、言わなければいけないんだパヴィ」
父は涙を拭うパヴィの手を取り向き合うと、今度は両手で肩をしっかりと掴み微笑んだ。
「立派に成長したな、パヴィ。お前の望む形ではなかっただろうが親孝行を見事に果たした、……私に孫を抱かせてくれてありがとう」
「…ー!、僕はッ……貴方の、父上と母上の息子で幸せでした」
「ああ、パヴィ……お前を二度も送り出す日が来るなんて寂しいなあ」
感慨深く呟いた父に良く顔を見せておくれと言われ、温かな手に両頬を包まれる。暫くじっとしていると、ふと笑った父の額がこつりと合わされた。
「遠く離れていてもお前の幸せを一番に願って、日々祈ろう」
「……ッ、ぼく、僕もッ、父上…の、幸せをッ」
「ほらほら泣くな、愛しているよ我が息子パヴィよ。お前の涙を見たのはいつぶりだろうか、こうしてお前をちゃんと送り出す機会をくれたエイデン王に感謝せねばな」
父は寂しさを吹き飛ばすように快活に笑った、優しい抱擁に涙が溢れて止まらない。うんと幼い頃のように父の服をぎゅっと掴んで、年老いてもまだパヴィより遥かに逞しい胸元に縋り泣いた。
気が付けばは陽は昇り白い雪はきらきらと輝き朝を告げた、パヴィと北の小国の本当の別れはもう直ぐそこまで来ている。
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