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聞き捨てならないとエイデンはそう言った。
あっとパヴィが悲鳴を上げたのは、体が返され背中に衝撃を受けたからだ。閉じた目を開くと顔の横に垂れた紅く黒い髪に閉じ込められており、一瞬でエイデンに組み敷かれていた。
「理由はどうあれ、見も知らぬ女と比べられるのはこんなにも不愉快なものなのか……」
「……ごめんなさい」
「怒ってはいないから謝るな、過去の自分の行いに悔いているだけだ」
「あの時の、僕と同じ気持ちですか」
「……、」
パヴィにも思い当たる節は確かにあった。本当に後悔しているのだろう、パヴィを見下ろすエイデンの眉間には深い皺が寄っている。言葉に詰まるエイデンの眉間に寄った皺に触れ指で揉みしだき、顔の横から髪を梳いてそっと耳に触れた。
「……そうだとしたら、嬉しい」
「ー……っ、パヴィ」
「いもしない女の人に嫉妬したの、可愛いな」
ふふふと笑えば大きな溜息を吐かれた。心なしか顔が赤く、触れた耳も熱い気がする。耳たぶを摘んで頬に手を添えるとうっと呻いたエイデンの名を呼んで、こっちを見てと言い髪を一房掬ってそこにちゅっと口付けをした。そうすれば、堪えられないという風に舌打ちをしたエイデンの頭が胸の上に落とされて鈍い衝撃を受ける。珍しい事もあるものだと思い後頭部を撫でてみると、そんな顔は俺以外に見せるなよとくぐもった声が耳に届き、パヴィはとうとう声を出して笑った。完全に体重を預けぐりぐりと額を押しつけてくる仕草が擽ったくて、くすくす笑うとエイデンの頭も合わせて揺れる。
その内顔を横向きに伏せたエイデンがほうと息を吐いて体の力を抜いた。
二人共が口を閉じれば聞こえるのは互いの呼吸の音だけ、顔を横向けたままのエイデンは目を伏せてパヴィの心音を聞いているようだった。なんてことのないささやかな時間に穏やかさを覚え、パヴィはエイデンの艶やかな長い髪を掬き暫くその感触を楽しむ。
「………お前が何かに困り悲しみに暮れる事が有れば必ず側にいて、心の声に耳を傾けてやって欲しい」
「……?」
そんな折、不意に聞こえた少し不貞腐れた声にパヴィは軽く上体を起こしてエイデンを見下ろした。
「お父上に言われた。共に生きてゆくのだからすれ違うことも沢山あるだろう、一国の王ゆえ構ってやれない日もある。それでも出来うる限り寂しい思いをさせないでくれと。……俺はお前の父上の願いに必ず応える、だから今気掛かりにしている事を隠さず話せ」
「ー……ぇ、」
正に不意打ちだった。心配させまいと胸の内にしまっていた、たった一つの不安を見抜かれたのだから。僅かに早くなった心音を聞いて確信したのだろう、エイデンはのそりと身を起こすとパヴィの上に乗り上げて、お前の機微に気が付かないとでも思ったのかと不敵に笑う。
紅く黒い髪が顔の横に落ち頬を撫でて擽ったい。甘い瞳が諭す様にパヴィを見下ろしている。誤魔化せないし、隠す事でもない。パヴィはうんと頷いて口を開いた。
「………僕は、あちらで子育てが出来るのでしょうか。大きな国になればなる程子は親から引き離されると聞きます」
「まあ、乳母を付ける事は免れないだろうな」
「ではその方にロリィを預けることに……」
しかしエイデンは首を振った、そしてパヴィの体ごと起き上がりベッドの上で向かい合うように座る。一抹の寂しさを拭い去るように頬を撫でる手へ懐いたパヴィは、睫毛を震わせてすりすりと擦り寄った。
「俺はお前のご両親の子育てに感銘を受けた。子はやはり親に愛されて育つべきだし、俺も我が子を愛しお前と共に育てたい。だから向こうへ帰ってもお前とロリィを引き離す事はしない」
「本当ですか!?」
「ああ、本当だ。誰に何を言われてもお前の寂しがる事はしない。それに、乳母は免れないと言ったが……まあ、乳母のような手伝いの者だな。ほら適任がいるだろう」
「……適任、」
パヴィが同じ言葉を繰り返した丁度その時、扉の向こうから聞こえた入室を求める声にエイデンが返事をする。そしてまず入ってきたのはセシオだった。その後ろにロリィを抱いたリアの姿を認め、はっとしたパヴィはエイデンと顔を突き合わせ、疑問符を浮かべる二人を他所にそうかと笑いあうのだった。
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