旅立ち

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行きよりも遥かに快適な旅になったが、長旅は長旅。パヴィとロリィの体調に細心の注意を払い、発情期が訪れた際には通過する国に暫く滞在をした。それ以外は殆ど移動し続け、なんと三月と半分ほどであっという間に砂漠地帯を越え南の大国の端へ辿り着いたのだった。  驚く程の速さで強行された旅は護衛を務めた兵らを思えば辛い事も多かったが、彼らには働きに見合った報酬と休暇が与えられるという。幾つかの夜を過ごし、更に歩みを進める事暫く。大きな城がはっきりと見え、間も無く城下町へと入る。エイデンが選りすぐり連れてきた猛者達の士気は下がる事なく、彼らは最後まで見事に勤めを果たしてくれそうだ。 旅の途中で一歳の誕生日を迎えたロリィは、エイデンにとても懐きすっかりパパっ子になった。エイデンはエイデンで、姿が見えないとなると泣いて父を探し求めるロリィが可愛くて仕方がない様子。ロリィが"パパ"と言う意味のある言葉を初めて口にした瞬間の彼の顔といえば、あの時の表情を思い出すとパヴィの胸は幸せいっぱいで満たされる。 大変な旅だったけれど、楽しい事も沢山あった。 目的地に近づくほど気温は上がり熱さが増す。南の大国特有の熱気を頬で感じ見覚えのある風景を目にして気が緩んだのか、ここまでの道中に思いを馳せてついぼんやりとしてしまう。すると馬に跨り先に歩みを進めていたエイデンが並走し、車体をコンコンとノックした。応えるように風にそよぐカーテンを開けると、むわりとした空気と共にどうして今まで気付かなかったのかというほど大きな割れんばかりの声援が耳に届いた。 全ては紛う事なく南の大国の臣民の声である。 歩みを進める度に関所で待機していた小隊と合流し、更に大きくなった旅の一団の帰りを歓迎して沢山の人が歓声を上げている。あちこちで人々の手で投げられた花弁が舞い、それはさながら勝ち戦の凱旋パレードの様でパヴィは余りの人の多さに驚いた。 「王様ーーー!お帰りなさい!!」 「おひめさまーーー!」 「正妃様ーー!!」 「ご無事で何よりです我が王子よーー!」 だがしかしエイデンの無事を喜ぶ声に混ざって、正妃様という声が聞こえる。目をぱちくりとして首を傾げたパヴィの顔を見るやエイデンは苦笑する。 「"北の小国の王子が歌う南の大国の子守唄"のはずが、"北の小国の姫が歌う"という風に人伝いに変わってしまった様だな」 パヴィはああ、なるほどなと頷いた。 「お前は不本意だろうが女に見えない事もないし、もうこのままで否定せずに黙っておこう」 「……どうして、」 「お前の存在はあの国の平和を揺るがす。数百年に一度の奇跡だというのに、男が子を成すという噂を鵜呑みにした心ない者らが押し掛けんとも限らん。お前の故郷を荒らされたくはない……いやか?」 我が身を振り返れば心苦しいがなと言い後悔で顔を顰めたエイデンへ向けて、パヴィはふるふると首を横に振り嫌ではないと答えた。 故郷を守ろうと思ってくれた事が素直に嬉しい。エイデンは黙っておこうと言った、性別を公にしないだけで嘘をつく事にはならないとパヴィは開き直る。納得した様子を見受けて一つ笑みを落とし先に駆けて行った、馬車の先の方でエイデンの跨る馬の蹄の音がする。腕の中ではロリィは寝息を立てている。大歓声の中ですやすや眠るなんて、我が子はなかなかの大物だと柔らかな頬を撫でた。そうするとまだまだ小さな体は身動ぎ、自身と同じ色をした瞳を隠していた瞼がゆっくりと持ち上がる。それを見届けてパヴィは静かに微笑んだ。 時折手を振り国中の人々の歓迎に応えながら大きな城門を抜ければ賑やかな声は次第に遠く後ろに遠ざかる。敷地内に入ると今度は沢山の家臣らに出迎えられた。寝起きでぐずり始めたロリィを抱き直し、パヴィが馬車から降りる準備が整うと、王の留守中一層仕事に励んだであろう家臣ら一人一人に丁寧に礼を述べていたエイデンはくるりと身を返し直ぐに側までやってくる。 「どれ、俺が抱こう。ロリィ」 「……ん〜、ぱぁぱ」 おいでと言い両手を広げるエイデンの姿を見るや、パヴィに抱かれてむずかるロリィの身はそちらへと傾いた。
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