旅立ち

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エイデンがロリィを抱き上げ、馬車から降り立ったパヴィの手を取るとわっと歓声が上がる。各々の口からお世継ぎ様だと言う喜びの言葉が放たれた。湧き上がる歓喜の声をエイデンは静かに制すると、集まった多くの家臣に有無を言わせぬ低く響く緊張感のある声で言葉を述べる。 「北の小国の王子パヴィは正式に我が国へと嫁ぎ、これをもって我が寵愛を向ける者の唯一とする。その扱いは正妃と心得よ。そして我が子ロリィは第一子ではあるが、王位継承権の一切は父である俺が管理する。いずれ弟や妹が出来るやもしらん、才能のある者に継がせたい。無闇やたらに担ぎ上げて騒いでくれるなよ」 そう言い終えると、家臣らは圧倒的な王の存在を前に、その場で礼儀正しく最大級の敬意を払い我が王の仰せのままにと応えた。それを見届けたエイデンは護衛隊の全てに、労いの言葉と共に一旦解散を命じる。そして王が去らねば解散も儘ならないだろうと、パヴィの手を引いて群集の前に開けた道を歩き城内へと歩みを進めた。 と、そこへ兵らはここぞとばかりにパヴィへ声をかける。 「パヴィ様、長旅お疲れ様でした」 「パヴィ様のおかげで初めて雪を見ました、とても楽しかった」 「あんなに寒い国からお越しになっていたのですね、体調を崩しませんようによおくお休み下さい」 あんなに過酷な旅だったというのに、兵らは親しみを込めてパヴィの名を呼び労いお帰りと言う。"お帰りなさい"のそ言葉が嬉しくて、つい涙が溢れそうで下を向くと隣でエイデンが顔を上げろと言う。だからパヴィは胸を張りしゃんと背筋を伸ばして一人一人の顔を見ては、ありがとうただいまと応えた。すると肩を抱き寄せられ、エイデンが耳元で立派だと言う。 「よく見ておいてくれよ、パヴィ。この国でお前を愛する人々の姿を」 「……僕が受け入れられるのは、エイデン様が皆に愛されているからですよ」 「……うん、?」 不思議そうに見下ろすエイデンの濃い蜂蜜色の瞳を見つめて、パヴィはうんと頷いた。パヴィは知っている。旅の道中運ばれるだけの自分とは違い、エイデンは毎日欠かす事なく兵らに声をかけ気遣い、体調を崩したものがいれば休息を与え労り、感謝の言葉を伝え、皆の前に姿を見せては鼓舞していた事を。彼はきっとパヴィに労いの言葉をかける全ての兵の名を覚えているのだろう。共に旅をした兵らもまた疲れを見せぬ笑顔で溌剌として、エイデンへ視線を送り労いの言葉を述べる。 「嬉しい。僕も貴方の隣に立って恥ずかしくない人になる」 「……お前は、もう十分いい男だというのにまだ足りないか」 パヴィがふふふと笑うと、エイデンもくつくつと楽しそうに笑う。二人でこっそり肩を小突き合うその姿は実に仲睦まじい。 正に二人の門出である。 これが二人にとって幸せへの旅立ちでありますようにと、城の中へ去ってゆく二つの背中を集まった多くの家臣らは見えなくなるまで見守り見送り続けた。 パヴィは道の途中で不意に振り返る、その先にいたのはリアとセシオだ。パヴィは後方の二人に向かって音もなくありがとうと呟いた。するとそれに気が付いたエイデンはパヴィ視線を追い、二人の姿を認めると一つ大きく頷いて見せる。 そうしてまた前を向き歩き出す背中を、リアとセシオもまた感慨深いものを感じなが追うのだった。
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