帰還

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ロリィを抱えパヴィの背をそっと押し、僅かな護衛兵と家臣に従者の二人を従えて広間を抜け、玉座のある謁見の間へ向かう。 大扉を開け足を踏み入れると向かうのは広い部屋の最奥。玉座へ続く道の両方に多くの重臣らが向かうようにして並び、長い列を作って王の帰りを今か今かと待ち侘びていた。エイデンの後ろを付き従った家臣らは末席に収まり、前を通り過ぎる王へ礼を尽くす。 しかし玉座への帰還を待ちきれず、その列から躍り出た者がいた。 玉座にの前に立ち塞がる様に現れたのは腹心中の腹心、宰相のシェマだった。 「ああ、我が王……エイデン様」 「シェマ、」 彼は疲労困憊の面持ちで、王の名を呼び肩を竦めた見せ、エイデンも口の端を微かに上げて応える。そんなシェマの後ろにもう一つ。隠れる様にして立っていた存在を見つけ、エイデンがその人物の名を呼ぼうとした時、今度は此方の横から素早く人影が飛び出した。その人は皆の想像を遥かに超える素早さで慌てて飛び退いたシェマの横を駆け抜け、その後にひっそりと立っていたテオドラへ詰め寄った。 誰しもがあっと思ったその瞬間、パンッ!と破裂音が高らかに響き渡る。 打たれた本人もそこにいた皆も、パヴィがテオドラの頬を引っ叩いたのだと理解するのに多少の時間を要した。驚きに包まれしんと静まり返る室内で、その静かさを吹き飛ばしたのも矢張りパヴィだった。 「テオドラ様ッ!!貴方って人はあんな無茶をなさって、どれほど心配したと思っているんですかッ!?」 「…ーーーッ、!?」 叩かれ腫れた頬をおさえ目を見張るテオドラの前で、震える声を張り上げて白い肌を赤く染めたパヴィはふんすんと怒る。竦めた肩でふーふーと息をして拳を固く握るその剣幕は凄まじく、エイデンは勿論のこと幼馴染であるセシオでさえ初めて見るパヴィの姿だった。 「互いに思い合っていると言うのに貴方がたご兄弟は言葉が足りなさ過ぎるのです!!他にもやり方があったでしょうに!!」 「……、…、」 あの時のお怪我は大丈夫なのですか、お加減は?体調は?お変わりないですか?! そう矢継ぎ早に詰められて、テオドラは思わず仰反った。 「僕は真剣に怒っています、ちゃんと聞いていますか!!」 「……っ、ご、ごめんなさ…い」 今までこれほど真剣に怒られた事などあっただろうか。両親にも叱責された事なんてなかったな、自分より遥かに小さいパヴィに怒られる己の姿を想像するに実に滑稽だ。 頬を張られた衝撃と、叱責されている事実に混乱し、テオドラの口から溢れたのは拙い謝罪の言葉だった。それを聞いたパヴィの身から、これまた信じられないほどの早さで怒りが霧散する。止めた方がいいのかと此方の様子を伺う家臣らを静かに手で制すと、エイデンも黙ってその様子を見守った。 「……テオドラ様」 「パヴィ、悪かった、ごめん」 「これからは、ご兄弟で仲良くしてください」 パヴィの声は穏やかさを取り戻し、伸ばされた両手はテオドラの頬を包む。二人はパヴィの手に導かれる様にして互いの額を合わせた。 「叩いて、ごめんなさい」 「……引っ叩たかれたのなんて初めてだ」 テオドラは頬を包むパヴィの手を取って、手のひらにちゅっと唇を寄せた。上目遣いに絡む視線、先に吹き出したのはテオドラでパヴィも釣られて笑う。場の空気が和らいだところでエイデンはパヴィの横に立ち、つがいの腰を引くとこめかみに口付けをした。 「テオドラ、お前に言わなければならない事がある」 「……兄さん、」 「テオ、一人にしてすまなかった」 「……っ、」 エイデンは"何が"とも"許せ"とも言わなかった、けれどその言葉には多分な意味が込められている事を皆も理解した。
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