帰還

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長旅を終えたパヴィとエイデンはその後もう一人子を授かった。ロリィの弟、名はベルク。それはそれはもう活発な男の子。 セシオはリアと婚姻し、二人の間にも二人の子が産まれた。一男一女、二人に似たとてもしっかりとした子供達。 シェマも身を固めたけれど、テオドラは生涯独身のままだった。テオドラは二人の甥をとても可愛がったし、子供たちも良く懐いた。特にロリィは父と似た叔父の事が大好きだった。テオドラへ向けられたロリィの無垢な愛は、きっと彼が昔から求めていたものに良く似ていたのかもしれない。 パヴィはその後故郷の地を踏む事は無かったが、父と弟との手紙の遣り取りは欠かさなかった。パヴィの父はリディが嫁を娶り、孫の誕生を見届けて王位を譲ると数年後に亡くなった。その死はとても穏やかなものだったと手紙の中で知らされ、亡き父を思い寂しさが身を包むも、落ち着きを取り戻し立ち直るまでエイデンが側で見守り支えてくれた。 かつて父と交わした約束を一度も違わぬエイデンの存在に、何度助けられたことだろう。 一人の賢王の統べる国と呼ばれていた南の大国は、いつしか太陽神の加護を得た二人の王兄弟が治る国と言われる様になった。王家に置いては家族の絆がいかに大切かという事を息子や孫の代まできちんと教え込み、そうすると王の心が変われば国民性も変わるのか、大国の人々は各々を尊重し絆をより尊ぶ様になった。 そして国は益々繁栄を極めたのだ。 パヴィは日々賑やかに過ごし、とても幸せだった。 沢山の思い出を作り、二人の子の成人を見届け、孫を抱き、とても幸せだったのだ。 しかしロリィを産んで直ぐ、命を蝕んだ酷い発情不順はパヴィの体に暗い影を落としていた。医師に定期的に見せるも特に目立った異常は無く、元気な事に変わりはなかったが目に見えない不安が付き纏う。 ベルクを産んだ後は特に体調を崩す事も増え、エイデンを酷く心配させる事となった。 それでもパヴィは穏やかに一日一日を生きた、細く長く、懸命に生きた。 ……ーーーずっと好きだと証明する為に 先に死を迎えたのはテオドラで、その最期を看取ったのはエイデンとパヴィだった。彼は命尽きるその瞬間までエイデンの弟であった事がどれほど幸せだったかと語り続け、息を引き取る直前に"ありがとう"という言葉と、"兄さん、やっぱりパヴィを諦めきれない"と言い茶目っ気たっぷりに笑って逝った。 それはもう見事な最後だった、悲しみにくれる筈だった二人を次の瞬間には笑わせたのだから。 その数年後、今度はパヴィの番が訪れる。 テオドラに死とは決して悲しいだけのものではないと教えられたけれど、やっぱり愛おしい人を置いて先に行くのは辛かった。 貴方より先に逝ってしまったら、貴方を好きでい続けると言ったのにその証明が出来ないとぼやくと、エイデンは声を上げて笑った。そんな事を心配していたのかと言って。 「お前はもう十分それを証明した……したけれど、やっぱりお前の声がしなくなるのは寂しいなぁ、パヴィ」 エイデンはパヴィの命の灯火が消えかかっている事を理解していた。だからでき得る限り側にいて、寂しくない様に努めてくれた。エイデンは一度も逝くなとは言わなかった、きっと辛かっただろうに。 「エイデンさま、先に逝くことを許してとは言いません。怒っていいから、だから……」 「……パヴィ、」 「うんと長生きしてください、出来れば……孫達の成人を見届けて」 横たわっていたベッドが軋み、温もりが両頬を包む。お互いに随分と歳をとりましたねと言ったかさついた唇に感じたのは、柔らかで優しい感触と微かな吐息。 「……好きです、エイデンさま」 「ああ、俺もだよ。お前が好きだ、愛おしい……パヴィ。死してもなお、お前だけを愛す……」 「……嬉しい、なぁ」 視界がいくら霞んでしまっていてもこれだけは分かる、彼の紅黒い髪。パヴィは閉じ込めるように顔の横に落ちたエイデンの髪を一房掴むと、合わされた額の熱を感じて深く息を吸い込んだ。 「おやすみパヴィ、また会うその日まで……」 「……、…、」 その息はついぞ吐き出される事は無く、パヴィは64の歳で余りにも早くその人生に幕を下ろした。
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