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かつて小さかった国は途方もなく長い年月をかけて近隣国を飲み込み、王の代替わりを何度も経て力を蓄え、今や大陸を制し他を寄せ付けぬ"南の大国"となった。
だんだんと国が肥大化するにつれ、歴々の王の中には欲に塗れた愚かな者も現れたが、その度に愚王は討たれ新たな王によってより良い国へと生まれ変わって行った。
それからまた、果てしなく長い年月が過ぎたとある時代の事。
"歴代で最も愚かな王"と揶揄された父王を、息子王子が自らの手で討ち落とし新たなる歴史が始まった。
王子は一国の王となり、父王に代わって信頼に足る家臣と共に素晴らしい手腕で国を統治した。
そして"歴代で最も愚かな王"のその息子は、"歴代で最も優秀な賢王"として愛され、多くの臣民が世継ぎの誕生を今か今かと待ちわびている。
しかし王は女人にも世継ぎにも無頓着であった、そこそこ美しく気持ちよく抱ければそれで良し。気に入りの一人も決めず、子を作らず、無茶苦茶に女人を抱く。そんな王だから重臣の間では世継ぎの心配と同じくらい噂が絶えなかった。
"王は子を望んでいないらしい"
"王の抱える女人は皆短命……"
"いや…王は種無しなのではないか?"
まことしやかに囁かれている王の噂……。
たかが噂、されど噂……火のないところに煙は立たない。
人に聞かれ本人の耳に入りでもしたら不敬罪で首が飛ぶこと間違いなしだろう。けれど、そんな噂が重臣らの間で囁かれているのだ。
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ベッドボードへ背を預け煙管を咥える王の足元で裸体の女人が生き絶えた、自ら舌を噛んだのだ。ゆったりと煙をくゆらせ、王は女の亡骸をベッドの上から蹴り落とす。
戦などとうに無くなった今の時代、王は身の内側で暴れ狂う怒りを叩きつける様に女人を抱く。寵愛どころか情の欠片もなく、余りに酷く無体な抱き方をするせいで、女人は皆己の境遇に夢や希望を見出せず国に家に返してと懇願した。
叶わぬと分かれば王の人を人と思わぬ所業に耐えかね、自ら命を断つ者まで現れるしまつ。
"王の抱える女人は皆短命……"と言われる所以はこのせいだ。
王の元に召し上げられた女人の誰一人として、王の内なる怒りを宥め、心の乾きを潤し癒す事の出来た者はいなかった。
筋肉に覆われた褐色の肌に紅黒く長い髪が流れるその様子は、まるで頭から血を被ったかの様。割れた腹筋の下腹辺りには申し訳程度のシーツが蟠る。血に塗れた寝台を見るなり、家臣は眉間を揉み王に苦言を呈したが我関せずとあしらわれた。
稀に後の検分で女人の腹に子を宿していたと知る事もあり、後味の悪い事この上ない。
このままでは正妃どころか側室までも迎え入れる事が出来なくなる、そうすれば尚世継ぎは望めない。かと言って適当な女を宛てがう訳にもいかない、重臣らは皆で頭を抱えた。しかし、そんな折に重臣らの元にある噂が持ち込まれた。
それは城に商品を下ろす商人から齎されたものだった、商人が言うには……
大陸の遥か北の地に、男体でありながら子を産める人間が数百年に一度現れる。そして今、その"稀なる人"が存在していると言うのだ。
商人は根も葉もない噂だと言ったが、重臣らはその噂に飛びついた。か弱い女人が相手で駄目ならば男体ならばどうだろうかという事だ。商人を同行させ陸路、海路を駆使して最北の地まで赴き、真実を確かめたのだ。
結論を言うと、噂は本当であった。
最北の地、北の小国の長の嫡男。弱冠17歳の青年が正に"稀なる人"であったのだ。男体と言えども王と比べると遥かに華奢で中性的な顔つきをしている、健康状態も身分も申し分ない。
事実を確認した大国の重臣は国の大きさに物を言わせ小国をいとも簡単に丸め込み、長の息子を差し出させる事に成功した。
こうして北の小国の長の息子、"稀なる人"パヴィは半ば拐われる様にして南の大国へと連れられてきたのだった。
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