大国と王、小国と王子

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パヴィの育った遥か北の小国は、長い冬季に入れば雪が降りしきり外から人が入れないほど積もるが、短い夏季は大変涼しく緑の多い自然に恵まれた豊かな土地だった。 だからあれよあれよと連れて来られた南の大国の気候は体に堪える、窓が開け放たれ空調の管理がなされているとはいえ熱を孕んだ空気は重く感じた。案内されながら足を踏み入れた離宮の一室、パヴィの為に誂えられたというこの部屋はとても広く調度品も触れる事を躊躇う程全てがとても美しい。しかしその美しい内装を駄目にする物が一つだけ存在した。それは鉄の柵、開け放たれた物を含む全ての窓に鉄の柵がびったりと嵌め込まれているのだ。自然の中を駆け巡り育ったパヴィにとって、その光景はとても息苦しい。鉄の柵越しに青空を見上げ、これではまるで鳥籠か牢屋の様だと悲しくなった。当然の様に部屋の扉も内側からは開けられない様になっており、扉の木目を白く細い指でそっとなぞってはすっかり閉じ込められたのだなと肩を落とした。 暫くすると手伝いの者がぞろぞろと現れて、湯浴みをさせられ髪を梳き、頭の天辺から爪先まで凡ゆる所に香油を塗り込まれた。仕上げに与えられた薄い衣に着替え、それを見届け給仕を終えた手伝いの者達はしずしずと去って行く。 何というか、薄い。向こう側が透けて見える……南国特有の着衣、なのだろうか。 下着は与えられたが僅かに局部を隠す程の面積しか無く、非常に心許ない。身動げばしゃらりと音を立てる衣の飾りに慣れず、あちらこちら透けて見える恥ずかしさも相まって、パヴィは天蓋付きのベッドへ上がると手当たり次第シーツを掻き集めて身を包んだ。柔らかなベッドへ横になってしまえば、旅の疲れも手伝ってあっという間に眠気が襲う。 二、三度程深呼吸を繰り返したら、もう夢の中だった。 ふと目を開けると火鉢の向こうには父と今は亡き母がいた。二人で並び微笑む姿に、ああこれは不安が見せる夢なのだなと理解した。弟を抜いて父と母とパヴィ三人だけで火鉢を囲んだのは15歳の成人の日が最後だった。 あの時は確か、両親がパヴィの生まれた日の事を話して聞かせてくれたのだ。 母は語った、パヴィが生まれた日…小国に有る古の神殿に祀られた臣民を見下ろす太陽神の像が涙を流したと。 父は語った、パヴィを腕に抱き涙を流す太陽神の像を見上げた時…我が子が神に祝福を賜った"稀なる人"だと悟ったと。 そして数百年に一度、太陽神の像が涙を流したその日に生まれた子は神の祝福の名の下に性を凌駕した存在であり、内腿に現れた痣が何よりの証拠という古くからの言い伝えを聞かされた。 自分の体が男体でありながら子を生めるなど信じがたい。 けれどその日から確かにパヴィの人生は一変した。 誰かに嫁がせるかもしれない可能性が浮上したパヴィは、嫡男としての家督を二つ下の弟へ譲った。成人したというのに成長はとんと止まり、その代わり弟はぐんぐんと大きく立派な男へ育ってゆく。 二年も経った今では体格差は歴然としていた。 夢の中の優しい両親は、今はまだ子供扱いが許されるかなと言って幼き日のパヴィを囲み頭をそっと撫でた。 『いつかお前だけの太陽の神を見つけなさい、この人だと思ったら生涯をかけて愛しなさい』 夢から覚めるほんの少し前、脳裏を掠めたのはそんな母の声だった。
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