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にわかに騒がしくなり目が覚めた。
いつの間にか下された薄手のカーテンの間から覗く空はもう暗い。
寝起きのぽやぽやとする意識を体ごと持ち上げ、ベッドに両手をついて上半身を起こす。すると内側からはびくともしなかった唯一外へと通じる大扉が乱暴な音を立てて開かれ、少しするとこの部屋に足を踏み入れたであろう人物が、何故か"……ゔぅ"と呻く声がした。
その呻き声が余りにも気持ち悪そうだったので心配になり、外の様子を伺おうとパヴィは広いベッドの上を這いカーテンに手を伸ばす。
肩から腕をぐんと伸ばし、指先が手触りの良い生地に微かに触れたその瞬間の事だったーー…
カーテンレールが軋む程の力で目の前の布が開け放たれ、パヴィは目を見開き大きな男と対峙した。高い位置で束ねられた紅黒く長い髪が揺れ、日に焼け筋肉に覆われた褐色の肌は艶やかで、濃い蜂蜜色の瞳が男の顔の造りの良さ美しさを際立たせている。
その姿はまるで……御伽噺から飛び出した太陽神そのものではないか
『いつかお前だけの太陽の神を見つけなさい、この人だと思ったら生涯をかけて愛しなさい』
母の声がした……この人だ、この人が僕の太陽の神様だと思った
パヴィの心は期待と興奮で大きく騒めく。内側から何か不思議な物がぶわりと溢れ出て体を包み込むという妙な感覚を味わい、その止めどない妙な感覚に溺れてしまわない様にと必死になって息継ぎをした。
「ぅ、ぁ……」
「…………」
しかし歓喜に打ち震え気分の高揚を顕著にしたパヴィとは逆に、男は見る見るうちに不快感を露わにして顔を顰めた。パヴィはぐぅと息を呑み熱の篭った瞳で男を見上げ、男はただ冷たく鋭い目でパヴィを見下ろす。明らかな嫌悪感を向けられて、怖気付いたパヴィは伸ばした手を引っ込め胸の前で拳を握ると、ぶるりと身を震わせた。すーと息を吐いた男が次いで発した声は地を這うほど低く恐ろしいものだった。
「何だこれは」
「……ぇ」
パヴィは何を言われたのか分からず首を傾げた、すると男は更に苛立った様子で何だこれはと問うてくる。するとそこへ躍り出たのは重臣の内の一人、北の小国と交渉しパヴィを南の大国へと連れ帰った一団にいた世話役の男だった。
「恐れながら我が王エイデン様!」
「シン、これは一体何の真似だ」
「こちらは北の小国の王子で名をパヴィ様と言い、数百年に一度現れるという"稀なる人"、男体でありながら子を生むことのできるお体の持ち主なのです」
「ほう……お前は俺にこの男を抱き子を産ませよと言うのか、女がダメなら男で試せとそう言うのだな?これに子を産める保証がどこにある、そんな世迷い言を信じるのか?だとすればお前には暇を出そう、随分と盲目になったものよな」
「……そ、そんな!我が王よ」
シンと呼ばれた重臣は、せせら笑う王に暇を言い渡されても必死にパヴィを取り立てようと言葉を尽くした。しかし王は聞く耳を持たず嘲る様に鼻を鳴らす、パヴィは二人のやり取りにおろおろするばかりだ。そんなパヴィの様子に気が付いた王、エイデンは動くなと一喝する。その落ちた雷の様な声に驚いて、パヴィはぴたりと息も動きも止めた。
「だいたい何なんだこの不愉快な臭いは、今にも鼻がもげそうだ」
「……な、何の事でしょうか」
「お前達は何も感じないのか?これほどまでにこの部屋に臭いが充満しているというのに」
「我らはなにも……」
「これから臭うぞ、臭いの原因はこれだ。まったく臭くて堪らん」
エイデンが臭いの元はパヴィだとを指差すが、重臣らは揃って顔を見合わせ口々に臭いなど何も感じないと言う。
こんな不快な部屋には二度と来ないと言い捨て踵を返し、エイデンはあっという間に出て行ってしまった。それに続いて重臣らも後を追う。
シンだけは残されたパヴィを振り返り、気遣わしげな眼差しを投げると一礼し部屋を後にした。
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