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   *** 「俺は悪くない!」  そう、城崎圭は主張した。  次の週末のバーである。圭はもともと少し早めの時間にやってきて、終電より前に帰っていくのが習慣で、それを読んだ理文が早めにバーに顔を出して、彼をとっ捕まえていた。 「病院の外の喫煙所で煙草吸ってたら、あいつがいきなり現れたんだ。あの怖い男に迫られたら、だれでもなんでも吐くだろ」 「帰れって言ったんだから、とっとと帰れよ、そういうときは」 「俺がいつどこで煙草を吸おうが、俺の勝手だろ!」 「ダメ。圭に自由はない。はい、煙草没収」  先週の騒動を巻き起こした罰として、とりあえずカウンターに出ている彼の煙草を回収する。  日ごろ意地悪されている仕返しに一矢報いたつもりかもしれないが、基本的に圭に理文にかなうわけがなかった。 「いやー、城崎くんから、ノンちゃんには嫉妬深い彼氏がいるんだって聞いてたけど、あそこまでとは思わなかったねえ」 「…………圭」  マスターがのん気にそんなことを言ってきて、理文は隣でグラスを傾ける年若い友人を睨みつける。 「病院で胸倉掴まれたっていうから、さすがに話を盛ってるんじゃないかと思ったけど、間違いなくそういうことしそうなタイプだもんなあ」 「マスター……」  一体、病院での一幕をどうマスターに説明したのか。睨みつけたところで、圭は口を割らなかった。  他に客がいないこともあって、マスターも楽しそうににこにこと笑いながら話を続けた。 「で、その彼氏くんは、ノンちゃんがこの店来るのは大丈夫なの?」 「…………」  理文は大人しく黙った。お堅い哲にとっては、ゲイバーは理文がそういう遊びに興じる危険な場所で、頑強に出入り禁止を申しつけてきた。もちろん今日ここにきているのは内緒だ。  その沈黙で当然、相手がどういう反応しているのか察して、うわ、と圭が顔をしかめる。 「浮気でもした日には殴りそうだな」 「殴んないよ、哲は!」  言い返したが、実際のところはどう反応するのか分からなかった。激怒するのは間違いなく、決して手はあげないだろうが、どういう報復が返ってくるのか見当もつかない。 「……縛って監禁ぐらいしそうだよな」 「っ」  圭の発言に、思わず理文はむせ込んでいた。その隣で呆れて、圭が肩をすくめる。 「とりあえず世の平和のために、浮気とかするなよ」 「しないよ、そんなの」  どうだか、なんて呟きながら、圭がマスターにおかわりと頼んだ。すかさず「俺も同じものを」と頼んだところで、ふとカウンターテーブルに出してあった携帯電話がぶるぶると震えてメールの着信を知らせてきた。  〈ひとりか。今からそっち行っていいか。〉  なんとなくゲイバーに行っていないか探られているような気がするメールだ。  それを横から覗き込んだ圭が顔を歪めた。 「……俺、思うんだけど、ノンってSに見せかけておいて実はドMなんじゃないかな」 「圭!」  良からぬ感想をもらした年若い友人を鋭く諌めて、けれどすぐ理文はマスターに先週の分を含めて勘定をお願いして、財布を取り出していた。 「ノン」  ごちそうさま、と言って席を立った理文を圭が呼び止めた。不機嫌そうな顔をつくって、言いにくそうにしながら、ぼそりと呟く。 「ま、仲良くやってよ」  ふっと理文は笑って、それには応えず「じゃあね」と手を振って、店をあとにした。まだ宵の口の大人しい街を歩きだしながら、さあなんて返信しようか、と携帯を取り出す。  ──こんなこといつまで続くだろう。  分からない。  一生だとか結婚だとか永遠だとか、そんなものが手に入ったわけじゃない。  それでも、諦めていたなにかが今そこにある。絶対手に入らないと思っていたものが、すぐ手の届くところにある。  〈駅で待ってる。〉  悩みに悩んで、結局それだけを打って、理文は返信した。  どれだけ傷つけられも、何度軽蔑されても、いつでもまっすぐに向かってくる彼のことが好きだった。彼らしい頑固さと強引さと独占欲を見せつけられても、それでも好きだ。  ──きっと一生、好きだ。  今はそれでいい。  そんなふうに思って、理文は夜の街を歩きだした。 Fin
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