可愛くない人質の泣かせ方

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 平泉真守(ひらいずみまもる)と名乗った少年はまだ声変わりのしない高い声でボソボソと語り出した。 「僕のお父さんは会社の社長で、お母さんはなんだか偉い一族の一人娘だったんだって。お父さんたちはお見合い結婚して、僕が産まれたんだ。だけど僕があんまり笑ったり泣いたりしない子だったから、お父さんからもお母さんからもあんまり可愛がってもらえなくて」 「そうかそうか。親からの愛情不足ってやつか……」 「おじさん。何泣いてんの?」  早いよ、と真守少年は半目で山田を睨んだ。  山田の瞳からは既にタラーっと一筋の涙が流れ落ちていた。 「あ、いや、これは! 違うぞ! おじさん、さっきコンタクトの洗浄液で目ごと洗浄しちゃったから!」 「なんで直接眼球洗っちゃうの。勘弁してよ。おじさんのハードル低すぎだよ。この後のこと話しづらいよ」 「え⁉︎ この後まだ辛い話あるの? なんだお前、どんだけハードな人生送ってんだよ」 「全然ハードじゃないよまだ。話の入り口程度だよ」  入り口と聞き、山田はこっそりとカウンターの上のティッシュボックスに手を伸ばす。  真守少年は呆れ顔でため息をついた。 「なんか、おじさんのせいで話す気なくなっちゃったんだけど」 「おじさんのことは気にするな。それで?」 「で、お母さんが死んじゃって」  山田はぶはあああっ! と叫んでティッシュボックスを床に落とし、顔面をしわくちゃにした。 「で⁉︎ でって何! 何があったの真守の母ちゃん‼︎ ついてけねえよこのスピード展開! おじさんにもわかりやすく説明して⁉︎」 「だから、乳がんで死んじゃったの。二年前」  真守少年は面倒臭そうな声を出す。その隣で山田は床に膝をつき、「死ぬのは反則だろ!」と床を叩いた。   「なんか元々、あんまり長く生きられないって分かってたんだって。それで僕にもあまり愛情を注がないようにしてたみたい。お互い辛くならないように」 「バカヤロウ‼︎ 人生は短えんだから正直に生きろよなあ、おい!」 「で、お父さんはあっさり他の女の人と再婚して」 「ちょ、待てよ、展開はええな! 涙が追いつかねえよ‼︎」 「知らないよ。おじさんの涙の方が展開早くて気持ち悪いよ。っていうかおじさんが気持ち悪い」 「気持ち悪いって言うな。あと、おじさんって言うな! 俺はまだ21だぞ!」 「知らないよ。おじさんが最初に自分のことおじさんって言ったくせに」 「口の減らないガキだな……!」  山田は出刃包丁を振りかざしてみせたが、真守少年は相変わらずカラッカラに乾いた瞳を半分だけ開けている。 「もうないか? これで終わりだよな? これ以上不幸なことはないよな??」  震える手で包丁を握り、山田は真守少年を脅す。すると彼は言った。 「ああ、あと、去年妹が生まれて、お父さんと新しいお母さんは今そっちに夢中」 「うわあああああ‼︎ 真守ーーーー‼︎」
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