可愛くない人質の泣かせ方

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 山田は子供の頃から粋がった半端者だった。中学高校と悪い仲間と付き合い、剃り込みを入れたり眉毛を抜いたりしたせいで未だにそこには毛が生えにくい。  ある喧嘩に負けた雨の夜、山田は一文無しでこのラーメン屋の前のゴミ捨て場に捨てられた。  青いポリバケツに溜まっていた泥水の匂いと、腐った菓子や弁当との匂いが混ざり合い、異様な臭気を漂わせる。それは何度も山田に苦しい吐き気を覚えさせた。  空から降ってくる雨粒は癒しどころか、山田を地の底へと押し込もうとする重い(かせ)だった。立ち上がろうとする気力を奪うねっとりとした湿気に、鼻も口も覆われて息ができない。  このまま中途半端で死ぬのかな。  虚ろな目を閉じかけた瞬間、ひらりと目の前に白い天使が舞い降りた。 「あの……大丈夫ですか?」  白いエプロンを首から下げたラーメン屋の看板娘、(みち)だった。彼女は傘をさして山田の顔を覗き込んでいた。  歳は山田より一つか二つ若いようだったが、彼女は学業をこなしながら家業のラーメン屋も立派に手伝う働き者のいい娘だった。  しかも、顔は地下アイドル並みに可愛らしい。  山田は頭のてっぺんからつま先まで落雷に貫かれたように痺れて、身動きができなくなった。 「こんなところにいては風邪をひいてしまいますよ。さあ」  蕗は優しく微笑んで、山田をラーメン屋の中に招き入れてくれた。  中では、頑固なゴリラ風の顔をした店主のオヤジが既に山田に食べさせるラーメンを作ってくれていた。 「あの……俺、金持ってなくて……」 「いいから食べな。俺の自慢の激辛(げきから)ーめんが伸びちまう」  オヤジが出してくれた激辛ーめん。  ネーミングはともかく、味は最高だった。 「辛っ!」  ただし辛い。ハバネロの三百倍辛い。ハバネロ、山田は食べたことないけど。  
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