264人が本棚に入れています
本棚に追加
もはや打ち合わせを続ける雰囲気ではなく、係の皆が坂本を見ていた。坂本がふらふらと芳賀の脇に立つ。
「どうしたの」
芳賀はつとめて冷静に訊ねた。
「僕、納期を間違えて……」
目を真っ赤にしている坂本の背中を芳賀は軽く叩いた。
「落ち着いて、最初から話すんだ」
「はい……」
促されてペットボトルの緑茶を一口飲み、坂本は話し始めた。
「ハル食品様に……昨日50ケース納品する予定だったのですが、僕が納期を1ヶ月間違えていて……来月のつもりでいたからまだ手配もしていないんです……」
「よくわかったよ」
久しぶりの大きなトラブルだと思った。正直なところ、芳賀も心拍数が上がっていたが、上司として動揺の色を見せてはいけない。
「しかし納期を1ヶ月間違えていたとしても、まだ手配をしていないのは遅いね。30営業日前までに製造ラインに知らせなくちゃいけないだろ」
「はい……」
「次からは気をつけて。さあ、課長に相談に行こう」
芳賀は汗をだらだら流している坂本を伴い、オフィスの奥に向かった。
窓際の応接ソファの傍に課長席はあった。机の上にはパソコンと缶コーヒー、ボールペンとマーカーペンのほかは何もなく、綺麗に片付いている。彼らの上司が大口の契約らしい提案書に目を通しているところに、芳賀は思い切って声を掛けた。
「課長、良い話ではありませんが緊急のご相談が」
まだ若い課長は端整な顔をふたりに向けた。
「話してみなさい」
坂本がつっかえながら説明し、足りない部分──かなりわかりにくかった──は芳賀が付け加えた。課長はすこし驚いた顔をしたものの、怒りをあらわにするでもなく静かに聴いていた。
「概要はわかった。それで、係としてはどう対応するつもりなのかな。芳賀係長から話してくれないか」
「はい……」
芳賀は深く息を吸った。この上司との付き合いは長いが、状況が状況なだけにやはり緊張する。
「今回納品するものは我が社の主力商品ですので、工場には多少の在庫があるはずです。これを至急送ってもらいます。それから支社に連絡して、余剰を集めます。50ケースくらいでしたら、これでなんとか集められると考えています」
「いつまでにやるつもりかな。お客様を待たせることはできないよ」
まっすぐ見つめられて、芳賀は息を吸い込んだ。
「今日中になんとかハル食品様に納品したいと思います。工場には事情を説明してトラックを出してもらいます。それから周辺の支社と営業所……これは係で手伝える者に車で取りに行ってもらいます。営業車を何台か借りることになりますが。私はワゴン車の運転も慣れてますので、たくさん提供して貰えるところに行きます」
課長は頷いた。
「君たちがそこまでやるつもりなら、私も協力するよ。工場と支社には私から電話をしてあげる。出掛ける準備をして待っててくれ」
「ありがとうございます!」
部屋中に響く声で坂本が頭を45度近くまで下げた。芳賀も頭を下げて言った。
「よろしくお願いします。日比野課長」
最初のコメントを投稿しよう!