新章開幕! 修行の旅路!

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新章開幕! 修行の旅路!

ここまでのあらすじ。 小学生マザシギバトラー杉原宗二は、ひょんなことから世界滅亡を目論む秘密結社ノクターンの存在を知る。 なんとかその拠点を壊滅させた宗二たちだったが、敵のボスが研究していた、人間の悪意を増強させる悪魔のカードに仲間の結城康太が感化されてしまう。 ノクターンは滅んだが、次なる脅威として宗二の無二の親友にして最高のライバルが立ち塞がることになった。 そんな彼は今日、夏休みの登校日を迎えていたが──?  夏休みの登校日。  チャイムが鳴る。俺は席に着いて、担任の村澤香織先生が出欠を取る。 「杉原宗二くん」 「元気でーす」  いつもと変わらないように振る舞って、朝の会をいつものように迎えようとしたんだ。でも。 「あれ、結城くんは今日休みなの? 杉原くん夏休み中は会ってない?」 「えっと、一昨日まで家族旅行行ってたみたいで、時差ボケで辛そうでした」 「困ったなあ。みんなも休みだからって気を抜かないようにね」  俺の嘘でクラス中が笑ってたけど、本当のことなんか伝えられないよ。だって、結城康太は、俺の親友は、悪魔のカード『ルシフェル・ディザスター』に心を変えられてしまったなんて、誰も信じない……。 「康太のやつ家族旅行で海外行ったんだろ? いいよなー、オレもワイハとか行ってみてえなー」  クラスメイトに話しかけられて、俺は「土産持ってくるって言ってたぜ」と無理して笑顔を作った。そんなこと一言も言ってないけど、俺はこの日常を壊したくないんだ。  森ヶ峰小学校は少し田舎にある学校で、学区も広いからみんなの家が遠い。でも、俺と康太の家は歩いて5分の位置にあったから、毎朝一緒に登校してたんだ。本当は、今日も一緒に登校するつもりだった。  でも3日前、悪の秘密結社『ノクターン』の拠点でのバトルを終えた時、康太は親玉の『神谷博士』が研究していた新たなマザシギカードに触れてしまった。あいつの狂ったような、楽しそうな笑顔は忘れられない。あの悲しそうな目も。 「康太、俺が必ずお前を止めてやる」  いつもなら友達とバトルしてる昼休みも、ひとりで過ごしてた。一番のライバルだったあいつが、今はいないからだ。 「『デーモン・ブレイカー』……。一緒に戦ってくれ」  俺は相棒のカードを両手で挟んで、祈るように目を瞑った。夏休みはまだ終わっていない。俺の戦いもまだ終わってないんだ。  学校から帰る途中、康太の家の前を通るのが嫌で少しだけ遠回りして河川敷の道を選んだ。電車が何本も上の線路を走る音を聴きながら、俺はゆっくりと思い出す。 『康太より俺の方が一回多く水切りできたぞ!』 『俺のは細かく連続するからカッコ良さのはこっちのが上だ!』  平たい石を選んで、手首のスナップを利かせて水面に投げ込むと、川の上を石が跳ねるんだ。マザシギに出会う前はたくさんそうやって遊んだっけ。 「マザシギに出会う前は……」  バトルなんてしなければよかった。世界の破滅とか人類抹殺計画とか知らない、ただの小学生でいたかった。世界大会で優勝したって、得たものより失ったものの方が大きかったんだ。 「宗二くん、もう帰り?」  振り返ると森ヶ峰中学校に通う中原由香里ちゃんがいた。陸上部の長距離選手らしく、スパッツとTシャツ姿で走っていたみたいだ。その顔を見ると、俺はまた胸が痛んだ。 『由香里ちゃんに選ばれたお前が、俺の気持ちを知りながらへらへら笑っていたお前が、そんなことを言う資格があると思っているのか!』  耳にこだまする康太の声を振り払うと、明るく俺も返す。 「うん、小学校は午前しかないんだ。由香里ちゃんは部活?」 「そうだよー。また焼けちゃうね」  由香里ちゃんはノクターン壊滅作戦の時にも一緒に戦ったバトラーだ。当然、康太が変わってしまった時もその場にいた。でも、彼女はそれまでと同じように振る舞っている。歳上のお姉さんという感じがする。 「由香里ちゃんが日焼けしてなかったら誰だかわかんないよ」 「何それ、ひどくなーい?」  そう言って少し笑ってから、由香里ちゃんは俺の近くまで来た。彼女は俺のふたつ上なのもあって、由香里ちゃんを見上げる形になる。その顔にはかげりがあった。 「……気にしてる?」  とぼけてなんの話だか分からないフリをしようと思ったけど、嘘は1日で何回も吐いた。由香里ちゃんにまで嘘は吐きたくなかった。 「……うん」  そう言うと、由香里ちゃんは俺の頭を軽く抱き寄せた。夏の草いきれと、女の子の体温が混ざって、どきっとする。汗でしっとりとしたTシャツが顔に当たるけど、全然嫌じゃなかった。頭がぼうっとする。 「君のせいじゃないよ。あんなカードを造った神谷博士が悪いんだ。宗二くんも、もちろん康太くんも悪くない」  そのまま俺は何も言えずに、じっとしていた。こんな時に何を言ったらいいんだろう。俺はそんなに頭が良くない。歳だって彼女の方が上で、言葉だって上手くない。  ありがとう? でも由香里ちゃんだって傷ついてる。  そんなことない? でも由香里ちゃんの気遣いを否定するみたいで子供っぽい返しだ。  頭を撫でてくれる手が少し震えてる。由香里ちゃんも怖いんだ。人類抹殺の手段を持ってしまったのが、俺たちの仲間だったんだから。しかも、そいつは明確に俺と由香里ちゃんに憎しみを抱いている。  少しだけ泣きたくなったけど、女の子の前で泣くなんてプライドが許さない。だってこの人は、ただの幼なじみのお姉ちゃんじゃなくて、俺の好きな人だから。 「落ち着いた?」 「うん」  由香里ちゃんの体から立ち昇る香りが移った感覚がする。体を離してもまだ鼻の奥に彼女の匂いがするようだ。 「元気な宗二くんが、アタシ、好きだな」  無理してる顔だ。でも、言葉には嘘がないと思う。俺も由香里ちゃんが好きだ。 「よーう、ご両人。このクソ暑い炎天下でいちゃつくたあやるな」 「美紀さん!?」  俺たちは声を揃えて言った。車の窓から大声で呼びかけてきたのは、ノクターン壊滅の時に手助けしてくれた笹川美紀さんだ。いつも眼鏡に白衣姿で、タバコを咥えながら男っぽい口調で話す人だ。 「美紀さん、いや、これはただ宗二くんが元気なかったからっ」 「にしし、隠すな隠すな若人よ。私がお前らの関係に気づかないほど鈍感だと思うなってんだ」  俺たちは顔を合わせないように体を離すと、美紀さんの乗っている車に近づく。 「で、少年。まだ夏休みは続くな?」  美紀さんが言っている意味はわかってる。「まだ戦うつもりだろう?」って訊いているんだ。俺の夏休みは、いや、俺と康太の夏休みはまだ終わってないんだ。  頷くと、美紀さんがニンマリと口の端を上げて、車に乗るように言った。 「送ってもらわなくても俺んちすぐそこだけど」 「あー、違え違え。そこはもう寄った。で、ご家族の了承も得た」  由香里ちゃんが首を傾げながら訊く。 「なんの了承ですか?」 「少年の修行。ほれ、これお前のパスポート」  俺は作った覚えのないパスポートを開くと、確かに俺のプロフィールらしきローマ字と顔写真が載っている。 「宗二くん海外行ったことなかったよね?」 「うちの家族みんな国内旅行しか行ったことないはずだけど……。これいつ申請したんですか?」 「今朝偽造した」 「偽造!?」  大声で俺と由香里ちゃんが言うと、美紀さんは耳を塞ぎながら「いいから早く乗れよ」と促す。 「時間がないんだよ。悠長なことやってて結城少年が世界滅ぼしたら偽造だなんだで刑罰受けてる場合じゃないからな」 「俺が、海外で修行……?」 「そ。まずは中国大陸。ロシア渡ってから西へ。締めはアメリカだ」  こともなげに言う美紀さんが再度、乗れ、と言うのでついに俺は折れた。由香里ちゃんも同乗しようとしたが、美紀さんはそれを止めた。 「引率できんのはひとりまでなんだよな。偽造も間に合わねえからさ」 「で、でも!」 「由香里ちゃん」俺は決意を固めて言った。「安心して。俺、必ず康太を連れ戻せるぐらいに強くなってくるから」  俺はデッキを握り締めて笑顔を作る。 「だから待っててね」  少し戸惑ってから、由香里ちゃんは頷いてくれた。それから、少し手招きをして窓から顔を出させると俺の頬にキスをした。 「ここ、これで終わりじゃないからね。必ず戻ってきてよね」  焼けた肌でも分かるくらい、由香里ちゃんの顔は赤くなっていた。頬を触った俺も、同じくらい熱を持っている。  美紀さんがはやし立てるように口笛を吹くと、パワーウィンドウを上げてエンジンを吹かす。 「ほしたらとっとと行きますか。シートベルトはしろよ少年。あと惚けて舌、噛むなよ」  荒い運転で、俺はシートベルトを締めながら体の位置を整えると、後ろを振り返った。由香里ちゃんは両手を軽く胸の前に握って、こっちに笑顔を向けている。頑張って、と言う声が聞こえた気がした。 ⭐︎日刊カードバトラー新聞⭐︎ 一面 全裸の中年男性が逮捕され、新聞記者に向かって「これはまだイエローカードだ! レッドカードまでギリギリを攻めてやるぜ!」と宣言! 即座にレッドカードが出されたぞ! 広告欄 これさえあれば一ヶ月で−20kg減 ※1 も! クソ痩せドラッグ! 今なら一箱一ヶ月分で8980円! お得な定期便コース ※2 もあります! (非常に小さく「※1 食事制限と適切な運動を行い、水を飲まず地下で過ごした場合の結果です」「※2 途中解約はできません。コース内容は10年単位です」とある)
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