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 それからの日々は流れるように過ぎていった。  学年が変わり、クラスが変わり、そして新しい生活が始まり、理亜の存在は瞬く間に学校から薄れていった。学校側から音羽の部屋を別室に移動する案も出されたが、音羽はそれを頑なに断った。  みんなが忘れていく理亜の存在を、音羽だけは覚えておきたかったから。  しかし、すでにこの部屋からも理亜の痕跡は消えつつある。  二段ベッドの彼女が使っていた下のベッドには、クリーニングから戻ってきた布団が袋に入ったまま置かれてある。彼女が使っていた荷物は、もう何一つ残っていない。  あの日、二人で一緒に段ボールから出して片付けた彼女の物は、何も。  理亜の家族が荷物を引き取りにきたのはいつのことだっただろう。葬儀が終わって数日ほど経った頃だっただろうか。  憔悴しきった顔で淡々と理亜の荷物を段ボールに詰め込んでいく彼女の両親は、一度だって音羽の顔を見ることはなかった。  一つ、また一つと部屋から消えていく理亜との思い出を、音羽は部屋の隅に立って眺めていた。その隣に立つ彼女の弟もまた、同じように。  小学生くらいだろうか。理亜とはあまり似ていない顔立ちの少年だった。思えば、彼女から家族の話を聞いたことがない。弟がいたことを知ったのも、そのときが初めてだ。  彼女は自分のことよりも音羽のことを話したがっていた。音羽のことを知りたがっていた。  だから音羽は昔の彼女のことは何も知らない。知っているのは、この寮で暮らし始めてからの彼女だけ。  どうして何も話してくれなかったのだろう。どうして自分は何も聞かなかったのだろう。  そんな思いがないわけではない。  けれどもう、今更だ。  今更彼女のことを知ったところで、理亜が戻ってくることはないのだから。 「――理亜、なんで死んだの?」  すぐ隣で呟かれた悲しそうな声に視線を向ける。理亜の弟は、泣き腫らした目で両親の動きを眺めていた。耐えるように、その薄い唇を震わせながら。  ――どうして。  そんなこと、誰にもわかるはずがない。  ただ一つはっきりしていることは、もう彼女はこの世のどこにもいないということだけだった。
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