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エリオットの言葉は懸命なものであり、健気なものでもあり、固く閉ざしていた薫の心に、否応もなく入り込んだ。
薫にしても、疎ましく思っていた訳ではないのだ、その小さな弟のことを――。ただ、彼に重なる一人の女性の姿が、どうしても捨て切れない想いと重なって、真っすぐに見ることが出来なかった。だから、遠ざけておきたかったのだ。
それなのに、その少年は真っすぐに薫を覗き込む。彼女にそっくりな、その眼差しで……。
だから、少しくらいなら――。義兄として、優しい言葉をかけるくらいのことなら――。
「……姉さんとトオル義兄さん、二人目の子供が出来たんだよ。――手紙、届いた?」
エリオットが言った。
「……。ああ」
「返事が来ないから、みんな心配してた」
「……」
「パパも――パパは忙しくて、あまり話をしない。ママは姉さんのところで孫の相手ばかりしてる。ぼくだけいつも一人で……。にーさんのところに行けば、寂しくないから……。だから来たんだ……。ぼくは……にーさんに逢いたかっただけなんだ……」
彼は、寂しくて薫を頼って来た子供なのだ。その懸命な思いには戸惑いもするが、優しい言葉を避け続けることは、もう出来ない。
「疲れて気が立っていたんだ。……悪かった。明日は何処かへ出掛けよう」
薫は、言った。
もちろん、それだけのことで、今までの仕打ちを許してもらえるとは、思ってもいなかったが。
それでも――。
それでも、エリオットは、戸惑うように瞳を揺らし、泣き出しそうな笑みを、見せた。
こんなことで喜んでくれるのだ、彼は――。
たったこれだけのことで、今までの仕打ちを忘れてくれる……。
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