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お兄ちゃん
お母さんの痛がる声が、陣痛である。お父さんと努は部屋に入ると、既にナースコールを押していた。
辛そうなお母さんの顔に努は心配そうな表情になっている。キキョウは出産を観るのは初めてで伝わって来る生命力は、命も痛みの一つであると言わんばかりの雰囲気だった。
「おかあさん」
「努、うっ!」
お父さんも2回目とはいえ内心焦っていると、看護師の人が駆けつけてきて様子を見るとここからあと2、3時間後くらいだと言う。心配する努の右肩に両手で軽く触れるキキョウにはそうする事しか出来なかった。
そして2時間後の午後1時過ぎ、分娩台へ移動、そこからお母さんの命の戦いが始まる。踏ん張るお母さんにお父さんが寄り添い手を握っていた。努はというと廊下で寂しそうに座っていてキキョウは彼に、
「······努君」
「キキョウ」
「お母さん頑張ってるよ、側に居てあげなくていいの?」
そう言うが目も合わせず答えてもくれない。キキョウは彼が何を思っているのかはわかっていた。
「恐いの?」
「こ、こわくなんて」強がった。
無理もない、彼は彼なりに今お母さんが危機に陥ってる事を感じているのだ。
こういう時は何て言うんだろう。分からない、分からないけど、何とかしてあげたい、慰めてあげたいと想い考え出したキキョウの言葉は、
「そ、そんなお兄ちゃんじゃ私はやだな」
「え?」
「う、生まれてくる子が男の子か女の子かは分からないけど、わ、私がもし努君の妹だったらお兄ちゃんに応援して欲しいけどな」
彼女の方を思わず向き、
「お兄、ちゃん」、とボソッと口走る。
「そうだよ、努君はお兄ちゃんになるの。だから恐い気持ちに打ち勝とう」
余裕のあるような笑顔で喋った。本当はドキドキして汗だく、だけど元気になって欲しく必死に笑顔を作っていたのだ。
すると、
「······うん、がんばる!」
彼も必死に気持ちをこらえて声を出す。その目はお兄ちゃんの目に変わっていて一緒にお母さんを見守る······。
1時間後、天使が産声を上げた――。
家族は喜びまた泣いていて、涙もつられ良かったと想うキキョウ、
「良かったね、努君」
「うん、キキョウもありがとう」
「フフッ······ん······あれ?」お母さんを心配して悩んでいたと思ったのに、努にはまだ自分が見えている。
夕方、努の家に戻ったキキョウは体育座りで努の部屋に座っていた。ボーッと黄昏を眺め、もう何が何だか分からない。最初は鉄棒だと思って違い、お母さんの出産の心配かと思えばまたまた違って、流石にショックは隠せず、「ハァ〜」深い溜息をこぼす。
「私どうすれば良いのかな〜」
するとドアが開き、
「キキョウ、よるごはん······どうしたの?」
「努く〜ん」
目はキラキラして口はへの字でまるで助けを求めてるようだと感じて、
「おなか空いたの? いっしょにたべる?」
彼の優しさにジンとくる。
「ごめん大丈夫、私もいく」
「うん」
キキョウは何処か覚悟を決める。こうなればとことん彼が自分が見えなくなるまで付き添う事にしたのだ。
「お父さんに見えない様に私に何か、くれない?」
「ヘヘ、いいよ」
そんな2人に突然別れは訪れた······。
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