12月21日(木) 菜月

1/1
前へ
/21ページ
次へ

12月21日(木) 菜月

首が痛いなと思いながら目覚めるとデスクに座っていた。 (うわ…。最悪…。) 昨日少ししたらリビングに行こうと思っていたのに寝てしまったようだ。自己嫌悪に陥りる。でもぐずぐずしている場合ではない。とりあえず健太の誕生日プレゼントに関してヒントを探しショッピングモールに行くことにした。 有紗とよく来たショッピングモール。買い物はできないけれど何かいい案が思いつくといいな。そんなことを考えながらお店を端から端まで見て回る。こうしていると健太と幼馴染で昔よく遊んでいた割には健太のことをあまり知らないことに気がつく。健太の今の私服ってぱっと思いつかなし、健太に最近どんな趣味があるのかもわからない。昔は何が好きなのかすぐにわかったのに…。歩いていると(この服有紗好きそうだな。)とか、(このお菓子お母さん好きそうだな。)とか有紗とお母さんのことばかり思い浮かぶ。健太のことが思い浮かぶのはやはりお菓子を見たとき。完全に私の中での健太は小学生で止まっている。まあ、小学校高学年になったあたりから健太と徐々に遊ばなくなったから仕方ないのだろうけれど…。 一通りお店を見終わってしまった。時間を見るともう16時過ぎ。思ったより時間が経っていた。まあ、それもそのはずだろう、お店を一つ一つ見ていたのだから。 (特にいい案思いつかなかったなあ…。) 特にあてもなくショッピングモールを歩き続けているとよく有紗と来ていたフードコートにたどり着いた。 (懐かしいなあ…。) 死んでからまだ2週間もたっていないのにそんな気持ちになる。何となくそのままフードコート内を歩いていると懐かしい人影が見えた。 (健太!?) そーっと近づいて見ると健太と仲のいい中島達也くんもいる。 「健太さ、石崎さんのこと好きだったよな。」 突然の中島くんの言葉にびっくりする。 「正解だろ?お前さ、石崎さんが毎朝廊下を走るのを見ていたし、教科書貸してる時のお前楽しそうだった。」 中島くんは続ける。健太は黙っていて答えないが顔は真っ赤だ。 (健太…。) 突然のことに心臓はバクバクと驚くほどのスピードで脈打っている。もう中島くんと健太の会話なんて耳に入ってこなかった。ずっとこんなところにいていたら心臓が爆発してしまいそうだ。もしそうなったら霊の私はどうなるんだろうなどとどうでもいいことを考えながら足早にその場を立ち去った。そのまま家へ向かう。相変わらず心臓はバクバク言っている。霊なのに心臓が存在するんだとかドキドキしているのは気のせいなのかなとかどうでもいいことを考えて冷静になろうとし続けた。   そうこうしているうちに気がつくと家に着いていた。何やらショッピングモールで聞いてはいけないことを聞いてしまった気がするが一旦このことは忘れよう。 家に入るとリビングからいい匂いがしている。匂いのするリビングに行くといつの間にかきれいに片付いており、きれいなキッチンでお母さんが料理をしていた。リビングテーブルの私がいつも座るところに私の遺影が置かれている。とりあえず自分の席につく。お母さんは楽しそうに料理をしている。お母さんが料理しているところ久しぶりに見たなあ。そんなことを考えながら幸せな気分になる。しばらく眺めていると出来たようだ。お母さんが出来立てのご飯を作って持ってきてくれた。 「ほらー、菜月の好きなハンバーグよ!」  そう言って私の分のハンバーグもテーブルに置く。 「なんだかね、菜月がそこにいる気がするの。不思議よねぇ。だからね、菜月のためにご飯を作らないといけないなって思ったの。」 いつものお母さんに戻ってくれたみたいだ。よかった。 お母さんに自分の思いが伝わった気がして涙が溢れてくる。 「菜月、もう直ぐクリスマスねぇ。菜月は何が欲しいのかしら。」 (お母さん…私はお母さんが笑顔でいてくれれば何もいらないよ。) 聞こえない声で答えてみる。 「ハンバーグ、美味しいわね。作ってよかったわ。」 そう言って嬉しそうに笑いながらお母さんはハンバーグを食べている。本当に美味しそうだ。食べられないのが申し訳ない。たしかに私はお母さんの料理が大好きだった。よその子が外食で喜ぶのに私は外食にそこまで喜ばなかった。お母さんに笑顔が戻ってきたのが嬉しい。料理もできるようになってよかった。ご飯を食べ終えると、お母さんは仏壇の方から何か持ってきた。 「お母さんね、菜月に手紙を書こうと思うの。菜月に届くと嬉しいわ。」 そう言って大事そうにレターセットを両手で胸に押し当てた。 「なんだか、返事が来そうな気がするのよね。」 そう言ってレターセットを引き出しに戻した。 (それだ!手紙!) 急に閃いて部屋に戻って取りかかりたい気分になる。でも、毎日しっかりお母さんと過ごす時間を作るって決めたことを思い出して、そこにいることにした。お母さんは仏間にあった棚の引き出しからアルバムを持ってきた。 「これ、お母さんも菜月のアルバム作ってたのよ。」 そう言ってアルバムを広げてくれる。そこには沢山の私の写真が貼られており、母親のコメントも沢山書かれていた。 (わ…すごい…。) そういえば、アルバムを見たのはこれが初めてではなかった気がする。たしか、小学生の頃昔の写真を持ってくるという課題があった。それも、0歳のころ、3歳のころ、幼稚園のころというように複数枚だった。私はそのことを当日の朝まで忘れており、ギリギリに頼んだのだ。それにも関わらずお母さんはアルバムを出して来てくれ、私の顔がしっかり写ったものを選んでくれた。その時、お母さんがしっかりアルバムを作ってくれていたことを知ったんだった。学校に行くと、3種類の写真がなかったと言う子や写真はあったけど何歳の頃かわからないと言われたといった子が何人かいた。その時、お母さんがとっても私のことを大切に思ってくれていたことを知ったんだっけ。そんなことを思い出したら胸が熱くなってきた。アルバムを広げるお母さんの隣に座る。お母さんが一つ一つの写真のエピソードを遺影の私に語りかけている。こんなに沢山のエピソードを一つ一つ覚えてくれているなんて…。それはそれは本当に幸せな時間だった。
/21ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加