12月24日(日) 菜月

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12月24日(日) 菜月

今日がここに留まれる最後の日だ。もうここに戻って来れなくなる。緊張で朝5時に目が覚めた。外はまだ暗い。でも、起きてしまったのでとりあえずポストカードを出しに行くことにした。冬の朝、空気が綺麗だ。ポストに投函すると少し散歩することにした。健太のケーキを注文したケーキ屋さんの前を通る。当然まだやっていない。健太の誕生日自体は明日だけれど今日が日曜だから先生には今日の夕方持っていってもらうようにお願いをした。だから、今日の夕方健太の家に先生と一緒にお邪魔して見守ろうと思う。まだ、暗いのでそのまま健太の家の前を通って自分の家に帰った。  家に着くとリビングに向かった。ソファーに座って部屋を見渡す。よく見ればこの部屋には沢山の思い出がある。私の七五三の時の写真や入学式、卒業式の写真が飾ってあるのはもちろんのこと、私が幼稚園の時に書いたお母さんの絵もある。それらの絵を見ながらいろんなことを思い出す。中学生くらいになるとクラスメイトは「親がうざい」とよく言っていた。反抗期で親に逆らって大喧嘩したとか殴られたとかも聞いたことがある。私に反抗期が全くなかったわけではない。うるさいなぁと思うこともあったし、思わず反抗してしまうこともあった。けれどお母さんはいつも優しく見守ってくれた。もちろん本当にいけないことをしたらしっかり叱ってくれた。2人家族で相当苦労したはずなのにいつも穏やかだったお母さんは本当にすごい。私の誇りだ。沢山の愛や思い出に囲まれて育った私は本当に幸せだった。こんな形であってもその愛や思い出に囲まれていた幸せを知れたのは素敵なことなのかもしれない。  そんなことを考えているうちに外が明るくなってきた。もう、7時近くだ。日曜だからかお母さんはまだ起きてこない。今日はこの街を散歩することにした。最後に今までの思い出を振り返りたい。 外に出て特に当てもなく歩く。通った幼稚園…。今は園庭もだいぶ変わった。遊具が全体的に変わり綺麗になった。それでも、園舎は変わらない。健太とよくアリの行列眺めたなぁ。本当にあの当時から健太は変わった子だった。小学校…昔のままと変わらない姿がそこにはあった。思わず中に入り、ブランコに座る。よく靴飛ばしをして遊んで「危ないじゃない!?」って先生に怒られたっけ。通った中学校…有紗とはここで出会った。あっという間に親友になったなぁ。中学に入る少し前にできたショッピングモール。家の近くにスーパーとコンビニしかなかったからすごく新鮮でよく有紗と行ったなぁ。よく勉強していたファミレス。ドリンクバーだけで3.4時間粘ったことも多々あった。少し歩くだけでこんなにも沢山の思い出が蘇ってくる。私は本当に幸せ者だ。それぞれの場所で立ち止まったり、座ったりして思い出に浸っていたらもう14時だった。時間が経つのは本当に早い。先生がケーキをとりに行くのは18時。健太の家には担任になんとか言って行くことを事前に連絡しておいてくれたらしい。何をどう言ったのだろうか?まだ、先生に会うには時間が早いし、お母さんとも過ごしたいので家に帰ることにした。  家に着くとお母さんは紅茶を入れてソファーに座るところだった。お母さんは紅茶が大好きだ。そして、お菓子作りも好きだった。休みの日にはよくお菓子を作ってくれて一緒におやつしたっけなぁ。中学に入ったくらいから休日も遊んだり、部活だったりで家にいることが減り、一緒におやつする機会がめっきり減ってしまったことを悔やむ。ローテーブルの上には私の分の紅茶もあった。とりあえず、お母さんの隣に座る。紅茶がいい匂い。お母さんはぼーっとテレビの方を眺めている。テレビはついていない。お母さんはテレビ台に置いてある置物や写真を見ていた。二人で行った旅行先で買ったパンダの置き物、高校の入学式の日に撮ってもらった写真。ここにも思い出があった。この家はいろんなところに思い出が詰まってる。最後にこうやってお母さんと過ごせてよかった。ただ、この雰囲気が幸せだった。お母さんがティーカップを片付けた頃はもう16時を過ぎていた。せっかくだから最後に有紗の元に行くことにする。  有紗は家のリビングにいた。家族とソファーに座っている。他の家族はテレビを見て笑っているが有紗は携帯をいじっている。有紗の隣に座る。携帯を覗くと私との写真を見返していた。しかも、私のフォルダまでカメラロールに作ってくれていた。そこには沢山の写真。有紗は割と大人しくあまり写真を撮らない子だったけど私と出かけた時は沢山写真を撮ってたなぁ。有紗はどちらかというと人の写真を撮るのが好きだった。だから、有紗のカメラロールには私の写真が多い。もっと有紗と2人で写真を撮ればよかったなぁ。今頃になって後悔する。でも、有紗の写真を見ていると沢山の思い出が蘇る。二人では特別遠くに行ったとかもあまりなかったし、近くのショッピングモールやお互いの部屋で遊ぶことが多かったけれど本当に楽しかった。二人でいると笑いが絶えなかったなぁ。そんなことを考えているうちにもう17時半過ぎだ。 「ありがとう有紗、大好き。」 最後にそう呟いて、有紗の家を出た。  ケーキ屋さんに着くとちょうど先生の車が駐車場に入ってくるところだった。車の助手席に忍び込む。 「わぁ、びっくりしたぁ。」 そう先生は言いながら車を止めた。 車から降りて先生に続いてケーキ屋さんに入る。私が頼んだアイスケーキ。しっかり「健太、お誕生日おめでとう!」のプレートも付いている。完璧だ。アイスケーキだけど一応1と8の形をしたロウソクも買ってもらう。 (健太喜ぶかなぁ。) ルンルン気分でお店を出て先生の車に乗り、健太の家へ向かった。 先生が健太の家のインターホンを押す。応答があり、玄関のドアが開いた。健太のお母さんが顔を出す。 「こんにちは。初めまして。急にすみません。第一南高校の松本です。」 「こんにちは。5組の森本健太の母です。」 「本日は本当にすみません。突然、担任の中村先生からお話があってびっくりしましたよね?」 「私もさっき話を聞いて健太が何か悪いことでもしたんじゃないかって…。」 おばさんは心配そうに答える。 「ごめんなさい。そんなんじゃないんです。本当におかしな話って思われるかも知れないんですけど…。」 「あ、健太呼びますね!」 おばさんは健太を呼びに家に入っていった。少しして健太と共に玄関に来た。 「ごめんね、森本くん急に。少しおかしいって言われるかも知らないんだけど、でもね、私この間夢の中で1組の石崎さんにあったの。」 健太が驚いた顔で先生を見る。 「石崎さんは森本くんの誕生日にケーキを買いたがっていてでも、渡せないことを悲しんでたの。だから、今日石崎さんの代わりに森本くんにケーキを届けに来たの。」 そう言ってケーキを差し出した。健太はびっくりしながらケーキの箱を見た。 「アイスケーキ…。」 「健太が昔よく食べたいって言ってたやつじゃない!」 隣で健太のお母さんが声を上げる。 「石崎さんに森本君がこのケーキをよく食べたいって言っていたから買ってほしいってお願いされたんです。もうケーキあったら迷惑かも知れないですけど石崎さんのお願いだったので…おかしな話してすみません。」 健太はケーキの箱を見つめて固まっていた。 「いえいえ、ありがとうございました!健太が食べたいって言ってたケーキで本当に菜月ちゃんが届けたいと思ってたんだと伝わりました。ありがとうございました。」 そう、おばさんが涙ぐみ先生にお礼を言う。 健太に無事ケーキを届けることができ、先生も家に帰るようだ。先生にお礼を言い、私は健太の家の中に行くことにした。健太はリビングにいた。ケーキを開けている。 「菜月…。」 「健太よかったわね、菜月ちゃん、あなたが小学生の頃食べたいって言ってたアイスケーキ覚えててくれたのよ。」 「菜月見てくれてるかな。」 そう言って窓の方を見る。窓にケーキを持って近づくと、 「菜月、ありがとう。美味しくいただくね。」 そう言った。森本家のご飯はこれからだったらしく、夕食の後アイスケーキを家族で美味しそうに頬張ってくれた。健太が家族と共に幸せそうにケーキを食べている姿を私は暖かい気持ちで見つめていた。  健太の家族はケーキを食べながら私達家族との思い出話を始めた。家が近くて、小学校の頃は毎年お互いの誕生日会をしたこと、二家族でバーベキューに行ったこと。そういえばキャンプもした。健太はすごく沢山のことを覚えていた。そうやって交流したのは小学校の終わりくらいまでなのによくこんなに覚えてるなってくらい。さすが健太だ。そうこうしているうちにもう21時過ぎだった。家に戻って最後にお母さんに会うことにした。  家に帰るとお母さんは私の遺影をリビングのテーブルに置いたまま、向かいでパソコンを見ていた。 「私もしっかりしなくちゃって思ってまた働きに出ることにしたの。このままじゃ菜月も心配しちゃうよね。」 今まで気がつかなかったが、お母さんは私がここに霊として戻ってきてから仕事に行っていなかった。私のことで大変で辞めたのだろうか…。本当に申し訳ない。貯金もそんなにないはずなのに…。 「お母さんはまたちゃんと仕事始めるからね。そしたら、趣味も作って人生楽しむからね。趣味、何がいいかしらね。いいのが見つかったら菜月にもちゃんと報告するからね。だから、菜月も心配しないでね。」 (お母さん…ごめんね、私、お母さんのこと応援してるね…。見守ってるね…。早くまた、お母さんの近くに生まれ変わって会いにくるからね…。またこの世で会おうね…。) お母さんが職を探すのをギリギリまで見守る。お母さんがパソコンを片付け始めたのは23:59。もうすぐ帰る時間だ。 (お母さん、さようなら。大好き。またこの世で会おうね。) 目の前が真っ暗になる。  気がつくとまた靄がかかったあの空間にいた。 「お、戻ってきたな。おかえり。」 天の番人に出迎えられた。 (本当に戻ってきちゃった…。) 「あ!ねぇ!雪降らせられない!?」 突然思い出し、天の番人にお願いをしてみる。 「は?」 天の番人は困惑したような顔をしている。 「雪!降らせて欲しいの!今日は健太の誕生日だから!ホワイトクリスマスにしたいの!」 「…。」 「お願いします!…ってさすがに天気までは無理ですよね…。」 無茶なお願いをした自分を恥じる。勝手に飛び出して死んどいて、1週間も地上に止まらせてもらったのにまだお願いするとかわがまますぎる話だ。 「しょうがない…。お願いしてやるよ…。」 そういい、天の番人はどこかへ消えていった。しばらくして天の番人が戻ってきた。 「天気なんてあやつれるの?」 「ああ、日本には八百万の神がいるんだ。天気が操れる神様だっているさ。明け方になったら降らせてもらうことにしといたぞ。」 「ありがとうございます!健太、喜ぶかなぁ。」 「明日になったら地上を確認するといいさ。」 そう言い残して天の番人はどこかへ消えていった。
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