12月12日(火) 健太

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12月12日(火) 健太

「ジリリリリリ…」 ようやく目覚まし時計が6時を告げる。いつもなら起きてビスケットを散歩に連れていくのだが、気が乗らない。なんて言ったって昨日あんなことがあったのだ。昨晩は一睡もできなかった。 いつも朝8時ごろ高校について受験勉強している。最近は先生たちも厳しくなってきているのでクラスのみんなは8時25分にもなれば席についているのだがあいつだけはいつも8時半ギリギリの時間に僕の教室の横を走り去っていく。それが昨日は見かけなかった。あいつにしてはめずらしくギリギリじゃなかったのか、おかしなこともあるもんだと思っていたのだが、昨日は何かおかしかった。まず、あいつが一度も僕のところに教科書やら参考書やらを借りに来なかった。あいつは本当におっちょこちょいでほぼ毎日僕のところに何かしら借りに来ていた。でも昨日はそれもなかったのだ。第一にあいつが朝、遅刻ギリギリでなかったことなんて一度もなかったし、教科書やらまともにすべて持ってきているのなんて月に1, 2回あるかないかだ。古典の参考書に至っては無くしている。インフルエンザにでもなったのかと思ったがあいつはやたらと丈夫だ。体調を崩すのはいつも僕。彼女っていうわけでもないのだし、そんなに心配することもないんじゃないかと思ったけれど違和感は拭えなかった。昨日はなかなか授業にも集中できず、先生にも心配されてしまった。そして夕方、もやもやする気持ちを抑えながら家に帰るとパートが休みのはずの母さんがいなかったのだ。違和感だらけの一日に疲れ果てながらも勉強をしようと机に向かうと携帯が鳴った。母さんからだった。 「どこにいるの?」 「いい、健太、落ち着いて聞いてね。」 突然の母さんの言葉に鼓動が早くなった。 「菜月ちゃんがね…亡くなったの…。」 「…。」 突然のことに声が出ない。どういうことだ。あいつは元気だった。昨日もいつも通り、遅刻ギリギリに学校に来て休み時間には教科書を借りにきた。何もおかしなところはなかった。ではなぜ…。 「今朝、学校に来る途中に事故にあったの。坂を下りたところで小道から出てきたトラックにぶつかったって。即死だったのよ…。私はお昼ごろ由美子さんからパニック状態で電話が来て、病院に行って落ち着かせるのが大変だったの。連絡が遅くなってごめんね。」 気が付いたら病院へ向かって走り出していた。家からは歩くと30分以上もかかる病院なのに走った。そうでもしていなければ気が狂ってしまいそうだった。真冬というのに汗が吹き出てきた。病院の入り口で母さんと会った。母さんは何も言わずに菜月のいる場所へ案内してくれた。霊安室。こんなところにあるのか。ひんやりと冷たい。そこに菜月は横たわっていた。頭に包帯はまかれているが眠っているみたいだ。とても死んでいるとは思えない。今にも起きて「事故っちゃった。」って笑い出しそうなほど…。 「お通夜は明後日よ、告別式は次の日。」 そういわれるまで亡くなったことを忘れていたほどだった。突然の出来事に事態が呑み込めず、ただ突っ立ったまま横たわる菜月を見ていた。母親にハンカチで拭われるまで額から汗が流れているのも気が付かないほどに…。 どれくらいそうしていただろうか、突然おそらく最初からそこにいたであろう菜月のおばさんの声によって我に返った。 「健太くん、来てくれてありがとね。もう模試も近いし勉強しないといけないのに、ごめんね。恭子さんも遅くまでごめんね。帰ってゆっくり休んでね。」 僕は母さんと病院を後にした。 昨日は帰りのバスでも家に帰ってからも一言も話さなかった。何を話していいかわからなかった。菜月は幼馴染で物心ついたころから一緒だった。幼稚園の頃は毎日一緒に遊んだ。それに幼稚園から高校2年生まではずっと同じクラスだった。幼馴染で家も近所、しかもずっと同じクラスだったから周りからはかなりからかわれた。菜月とは腐れ縁だってずっと言い合っていた。けれど高校3年生の始業式の日、初めてクラスが離れたのを知ってちょっぴり落ち込んだ時、菜月のことが好きだと気がついた。大学に入ったら離れ離れになるだろうから卒業式で言おうと思っていたのに…。  そんなことを考えていたらもう7時45分だ。気分は重いが学校へ向かう。お散歩に行けると思い込み、喜んでじゃれついてくるビスケットに謝りながら家を出た。  教室に入る。みんながこっちを向いて困惑したように顔をそむけた。もうみんな知っているらしい。クラスの女子の多くが泣いているか、泣きはらして目を真っ赤にしている。僕は黙って席についた。   次に気がついたときにはもうすでに家にいた。もう夜だ。今日の記憶が全くない。唯一覚えているのは朝、担任の中村先生が泣きながら全校集会がある旨を伝えてきたことと全校集会で菜月の事故について校長先生から話があったことくらいだ。授業を受けた記憶も、どうやって帰ってきたのかも覚えていない。とにかく疲れた。ご飯も食べたくない。しかし、ベッドに横たわったものの眠れない。
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