第一話 導く闇の先へ

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第一話 導く闇の先へ

 オマエに 覚悟は存在するのか?  アナタも 認めて下さるならば  オマエに 救済(すく)う力があるのか?  アナタが 信じて下さるならば  ボクは必ず救います  たとえなにを失っても  たとえ全てを失っても  愛しているのは変わらない  こんなボクを愛してくれた  愛してくれた あの人を  ボクは必ず救います  だからどうか見逃して  どうか彼を救わせて  そうして去り往くオマエにだけは  救う力などありはしない。  何故なら彼は救いを求めていない  何故なら彼は救済(すくい)を求めているのだから  去り往くオマエの救いたい想い それこそが  救えないという事実に繋がる。  ……其れでも彼を救う道を選ぶのならば  私はただ見届けよう  オマエの最期を見届けよう  往くがいい、逝くがいい、行くがいい  死へ向かう未知を 辿るがいい     【とある森の中】  ガサガサッ……  体を中心軸として浮遊する燈水(ともしみ)を自在に操り、薬草を集める少年が一人。  草むらを掻き分けて黙々と歩く少年、燈水(ともしみ)の粒が目当ての薬草を探し出すと、個々に意思を持っているかのよう強く輝いて主人たる少年に伝える。  燈水の反応に気付くと、少年は手指を動かして水を操り、己の意図を水へ伝達すると、燈水は大地に染み渡り、薬草を根ごと摘み取り少年が背負う籠に放る。  ガサガサッ……ガササッ…  木立の向こうで、息を潜めて少年を狙うただの獣が一匹。  少年は一瞥を与えると、すぐさま燈水を三本の矢に変えて、威嚇射撃として獣へ向けて素早く放つ。 『キャウン! キャウ……』  ガササササッ……  獣を射抜く直前にただの冷たい水に戻し、それを打ち付けられた獣は弱弱しい鳴き声を上げ、草むらを掻き分けて逃げてゆく。  獣の気配が消え去るまでの間、少年は警戒を怠らず、燈水を纏いゆっくりと歩み進んでいた。  不意に足を止め、安堵に深いため息を吐く。 「ごめんなさい、攻撃は苦手なんで……聞き分けが良いのは助かります」  獣の気配が消えた頃に、少年は森の奥へ頭を下げ、それに合わせて数個残した燈水の滴がぱしゃと地面に落ちる。  彼が顔を上げると地に落ちた水滴はついでとばかりに発見した薬草たちを次々に掬い取り、籠をいっぱいにして再び少年の体を取り巻く燈水に戻ってゆく。 「けど……森の狼たちも可哀想、ですよね」  燈水が点滅するよう輝きはじめると少年は頭上へ右手を伸ばし、彼を包む水の雫は全て目前に集い一つの大きな光となり、一際強い輝きを放ち【空と呼ばれた場所(こくう)】を探してゆらゆらと揺蕩う。  [燈水(ともしみ)]は[燈火(ともしび)]と同じく、その名の通り淡い光りを燈す水。  使用者によって輝きの度合いこそ異なるものの、光を失って久しいこの世界には彼のようにあらゆる力を駆使して小さな灯りを持つ手段を心得ている者もいる。  ……もっとも、彼には元より備わっていた力とも言えるのだが、彼だけではなく力無き人間達はそれぞれに知恵を絞り、知識を得て、または神子の恩恵に預かり、小さな光を燈しながら一なる世界の始まりを待っている。  ……太陽が死んでから今日まで幾つの歳月を経たのだろう?  人間達は闇の中で、ただただ今日を生きるための力を探し、今もなお争い続けるばかりで……もはや歳月という言葉の存在さえ我々には無いように思える。  頭上で輝く燈水は【空と呼ばれた場所(こくう)】を照らしている筈…しかし無慈悲にも澄んだ水球の先に窺えるのは映り込んだ少年の幼い顔立ちのみ。  少年は苦笑いを浮かべ右腕で空を切り、集めた燈水を周囲へ分散させると、肩を落として二度目のため息をつく。  背中からパサッ……と音を立てて薬草が落ち、音の違和感に気付いた少年は不思議に思い己の背中を振り返る。  小さな燈水達は少年が【空と呼ばれた場所(こくう)】を見ている間もせっせと薬草を集めていた。  籠いっぱいに集めた草花は少年の頭頂部よりも高く高く積み上がり、その量を認識した彼は途端にずっしりとした重みに襲われ体を揺らして狼狽える。 「わ、っわ! っわー!」  背中に重心を持っていかれた少年が焦りふらふらとした足取りでその身を揺らすと、燈水たちも一気に混乱し始め少年を支えるものと薬草を支えるものに分かれて揺らいでいる。  それでも水が人の体重を支えるには限りがある。  ついに重みに耐えかねた燈水は意思を捨てて少年の背後にばしゃと落ちてただの水溜りと化し、支えを失った少年は彼らの元へ吸い込まれるように体を傾けていく。 (だ、ダメだ――……!)  少年はそう思いぎゅっと瞼を閉じ覚悟を決める。  ばしゃと水溜りを叩く音を聴き身を縮める……しかしいくら待てども衣服や肌が濡れる感覚は一切無く、おそるおそる瞼を開く。  真っ先に視界に入るのは闇の木立で揺れる若葉と見慣れた男の顔だった。 「オイ何してんだ、あぶねぇだろ」  少年の背負う籠を片手一つで受け止めて救った男は、青色に光る瞳と深海色の髪を持つ青年のような少年だった。  自分で作った水溜りにうっかり転びそうになっていた少年を見下ろし、彼は盛大なため息をつく。  その大きさは、先程少年が吐いた二回分のため息よりも大きなものだ。  少年は彼と同じ青色と雀茶色の瞳を丸めて口を大きく開き、ぽかんと男を見上げて双眸を瞬かせる。  少しの間を置いて少年は我に返り、慌てた様子でバランスを取ると、振り返って青い眼の青年のような少年に何度も頭を下げる。 「アトさん! っす、すみませんごめんなさい! ぼーっとしてたら集めすぎて! あ、でも必要な分は…あぁあ!?」  少年が彼に向けて深く頭を下げた途端、当然の如く薬草は重力に負け、籠から水溜りに落ちていこうとするので、彼はますます慌て出す。  青い眼の少年がくいっと人差し指を軽く上げると、瞬時に地面の水溜りが輝きを取り戻し、[水の受け皿]となり零れる薬草を受け止め、再び燈水となって彼らを取り巻く光源となる。 「アホか、自分で背負える量考えてやれっていつも言ってんだろうが」 「ご、ごめんなさい……!」  縮こまる少年を呆れ顔で見下ろしていた青い眼の青年のような少年、目の前で再び深く頭を下げている少年にふ……と笑みを漏らし、少年の栗色の髪を左手でやや乱雑に撫で、右手指で水皿を操り受け止めた分の薬草を預かりその身を翻す。  くしゃくしゃにされた髪を整えながら、少年は青い眼の青年のような少年の背中を見つめて再びぽかんとする。  少年の視線に気づいたらしい青い眼の青年のような少年は、水皿の水を少量浮き上がらせ、目の前に丸く輝く薄い[水鏡(みかがみ)]を作り、振り向かぬまま映り込んだ少年に大きな笑顔を向けて口を開く。 「ま、こんだけありゃあ当分はいいだろ。帰ってメシにすんぞ」 「は、はい!」  そう言ってスタスタと歩み進んでいく、青い眼の青年のような少年を追いかける栗色の髪の少年、数歩後ろをついて歩き二人は静かに帰路へと進んでゆく。  不意に青年のような少年が視線を向けると、栗色の髪の少年はすぐに気付いてはにかんだ笑顔を返し、青い眼の青年のような少年は照れ臭げに水鏡を消して歩幅をあわせて歩き続ける。  彼らが過ぎ去った暗闇の大地には、燈水のほんの僅かな光が残り、夜目の効かぬ獣たちはそれを頼りに捕食対象を探して蠢き始める。  ……ちぃ 「……ん? ペト、なんか言ったか?」  微かに聞こえた音にぴくと耳を澄ませ、ぴたと足を止めて、青い眼の青年のような少年は周囲に燈水を巡らせながら栗色の少年に声を掛ける。  栗色の髪の少年も、足を止めて彼に答える。 「いえ、何も……? あ……もしかしてあのこですか?」  言いながら羽根を休めている獣の眼光を指差す。  ホゥホゥ、ホウ  暗闇の木立の中、太枝に堂々と佇み瞳を輝かせる一羽のフクロウが二人をじっ……と見据えていた。  二人はフクロウを訝しげに見つめていたが、野生に輝く緑の瞳は突如そっぽを向いてそのまま動かなくなる。 「……?」 「なんだ……?」  二人は互いに顔を見合わせ、不思議そうに眉間に皺を寄せ考える。  チィ! チィチィ! 「うわあぁ!  って……ネズミ!?」  最初に聴いた声は足元から大きくはっきりと聴こえ、その音に、その鳴き声に栗色の髪の少年は驚いて、背後に飛び跳ねてしまう。 「みてーだな……、…?」  青年のような少年は最初に聞いた鳴き声の主に納得し、何事か訴えるかのように鳴き叫ぶ一匹のネズミを見て、再び不思議そうに顔を見合わせる。  元来ネズミのような小動物は大きな獣に悟られぬよう潜みながら餌を求め、害敵を前にすると素早く逃げ出す警戒心の強い生き物の筈。  それがどうだ、目の前には一匹しか見当たらないこの灰色の小さきものが、堂々と大きく鳴いているではないか。  まるで自分を見つけてくれとでも言うかのように……  二人が同時にそう思い何かを察した瞬間、ネズミはいち早く駆け出し、フクロウが碧く見据える闇の先へ向かう。  ピタと足を止め振り返る小さなネズミが訴えてくる、つぶらな瞳で二人を誘う。  追ってこいとでも言うように。  ――……何か、ネズミがそうしなければならない理由がこの先にあるのだ。  不思議は不思議のまま、しかしその先には何かがあるのだと、それだけを確信に変えて二人はもう一度視線を交わし、同時に頷くとネズミの後を追い掛ける。   一匹のネズミは飛び上がって喜び、二人を導くように走り出す。  一羽のフクロウは静かに佇み、眼光で示した闇の先へと過ぎ行く姿を見送った。
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