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夏の午後、海にへばりついたような集落には、誰一人として姿がなかった。
海岸線に沿って走る国道が、直射日光で漂白されたようになっているのを、猫が悠然と渡っていく。
岬を回って国道にふいに現れた、赤いスポーツカーが集落で減速した。国道沿いの一軒の家の前で停まる。車から降りたのは青年だった。黒いスラックスに、ボタンダウンの白シャツを着ている。
青年は、日差しの強さのせいか、目を細め、家の前の国道のすぐ向こうに広がる海を見た。夏の盛りのこと、空は晴れ、海は絵に描いたように真っ青だった。テトラポッドの向こうにヨットが浮かんでいる。その上に淡い白雲。
青年は口元を歪め、深呼吸すると、海に背を向けた。シャツの背中に太陽の熱を感じながら、潮風に傷んだ古びた家の玄関戸に手をかけた。
「お兄ちゃん、お待たー!」
青年がごめん下さいと言う間もなく、中から小さな人影が飛び出してきた。少女だった。白いTシャツにベージュのジャンパースカート、髪を後ろで束ね、耳のあたりのほつれ毛が小麦色の肌の上で揺れている。そんな髪型をするのは初めてだ、と青年は思った。
「荷物、そんだけか?」
少女はバスケット風のかばん一つだけ持っていた。
「服とか向こうで使うもんは宅急便で送ったよ。重い荷物ひきづって新幹線に乗るなんて、やだー」
「それもそうか」
「あ、そうだ。ちょっと待って」
少女は叫ぶと、家の裏手に駆け出していく。まさか、今さら逃げだしたりしないだろうとは思いながらも、心配になった青年が後を追うと、少女は小さな神社に手を合わせていた。
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