prologue

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開かれた窓から吹き込む秋風に白いレースのカーテンがふわりと舞う。 部屋に流れる少し冷たくなってきた風。 「・・・・・・・・」 私はゆっくりと目をあけた。 「お父様!」 「お祖父様!」 私の回りに集まってくる家族。 娘に息子、たくさんの孫たち。 そして、妻。 「陛下・・・・あなた」 涙を流す美しい妻。 やせ衰えた艶のない皺だらけの私の手を握る。 長い間、共に過ごした妻。 (ああ・・・・待っていたよ) その時、家族から離れた窓際にひっそりと立つ人影を見た。 ようやく待ち望んだこの時がきたのだと、心が喜びで震えた。 心の中で愛しい(ひと)の名を呼ぶ。 生涯で愛した、ただ一人の女。 愛しくて愛しくて狂おしいほどに愛した、ただ一人の女。 (やっと会いにきてくれたね・・・・) 長かった。 ずっと、ずっと待っていた。 また君に会えるのを。 ねぇ、覚えているかい? 最後に二人でした約束を。 君に何度も誓った言葉を。 (・・・・・・・・アナ) 窓際に立つその女性に手を伸ばす。 触れたくて。 愛しいその体をもう一度、この腕に抱きたくて。 「いや、お父様!しっかりして」 「お父様!」 私をひき止める娘たちの声。 「あぁ、あなた」 霞む視界。 (みんな・・・・ありがとう) 次第に遠のいていく意識。 力をなくした手は柔らかいベッドに落ちた。 この日、長きに渡りタストニア帝国の治世をおさめた皇帝シシリー六世は家族に看取られながら、この世を去った。 在位62年目のことだった。
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