プロローグ ボクの両親は片耳オヤジに殺された

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プロローグ ボクの両親は片耳オヤジに殺された

眠りからさめると、ゆったりと漂っていた。 どのくらい長く漂い、眠っていたのか。 ほんの数秒のような気もするし、何十年、何百年、何億年という感じもする。 わからない。 時間の感覚がないんだ。 まわりは暗い。 でも、まったくの暗黒ではない。 視界の端に小さな光の粒が見える。 目の玉を動かして光のあたりを見る。   ……なんだろう。 サイダーの泡のような細かな気泡のようにも見えるし、星のようにも見える。 まあいいや、星とおもったほうが楽しいので星に決めた。 星と月の夜。   あ。 星月夜、というイメージが生まれた瞬間、次々といろいろなイメージが連なった。 芋づる式というか、しりとりのように、連想ゲームのように、星月夜という打ち上げ花火の火の玉がシュルシュルと天上に伸びていき、一気にドーンと破裂する。 破裂して散らばった星の一つ一つがたんぽぽだったり、磐船だったり、コヤジだったり、片耳オヤジだったり。 そう、あの夏の記憶が一気によみがえった。 ああ、そうだったそうだった。 あの夏以来ずっと旅をつづけてきたのだった。 そして、 「旅はもうすぐ終わるよ、目をさましなさい」 そんな声のような気配のようなものが突然訪れて眠りからさめたのだ。 夏の記憶がよみがえった瞬間、……あの夏のことを話すのは今しかないのかもしれない。 旅が終わってしまったら、たぶん記憶からあの夏のことは永遠に消去されてしまうだろうから。 ……という予感のようなものも同時に生まれた。 そういうわけで、あの夏のことを話そうとおもう。 当然、まずは片耳オヤジのことから話をはじめなければならない。 片耳オヤジはメスのヒグマだ。 メスなのにオヤジなのは、この地方ではヒグマのことをオヤジと呼ぶからだ。 たぶん、ヤマで一番強いいきものだからだと思う。 ヤマのヌシとでもいうか。 はるか昔からここに住んでいた人たちは、オヤジを神さまと呼んでいたそうだ。 彦作じいちゃんがいつか話してくれた。 「ヤマはおもう。森もおもう。木も草もゲンゴロウやアオダイショウもヤマメもシカもクマゲラも、そしてオヤジも、みんなおもっている。オボコ岳も、もちろん人もだ。なぜなら命あるものも、命を持たぬものも、みな等しく神だからだ。おもうものは神だ。ヤマでは人だけが必ずしもヌシではないのだ。ヤマのものたちは等しくヌシであり神なのだということに人は早く気づくべきだ。だがオヤジだけはその中でも別格だ。てっぺんなのだ」 ボクのとうさんとかあさんは、片耳オヤジに殺された。 ナナハンのオートバイでかあさんを後ろに乗っけたとうさんは山道の急カーブで片耳オヤジと出くわした。 驚いた片耳オヤジが仁王立ちになり、とうさんはよけようとしてバランスを崩した。 ナナハンは谷底へ落ちた。 かあさんは即死。 とうさんは三日間病室でうなされ続けた。 「左の耳がなかった……片耳のオヤジだ……」 人間の銃でやられたか、オヤジ同士のケンカでやられたか、とにかくそいつの左耳はなかったととうさんはうわごとのように言って、四日目の朝に息をひきとったらしい。 らしいというのは、ボクが生まれてすぐのことだからだ。 なのでボクはとうさんとかあさんのことを何も知らない。 知っているのは、てっぺんの神様に殺されたということだけだ。
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