プロローグ

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 青年、ベニー・スターもエリュホームの国民として生まれ、神託に従う日々を送っていた。 信心深い両親により神託によって作られた小中高一貫の神学校に通い、大学も神託によって決められた士官学校に入学したのであった。就職先も軍隊である。 エリュホームは我らがお父様を主神とする宗教、ユウヅツ教以外の信仰を許さない。それ以外の宗教は全て邪教としている。ユウヅツ教はエリュホームの地で生まれた世界各国の宗教を換骨奪胎して生まれた新興宗教、換骨奪胎の段階で排他性をより強化し、他国にまでユウヅツ教の信仰を内政干渉と言う形で訴えるようになってしまった。 当然、他国がそれに従うわけがない。エリュホームは核兵器を始めとしたABC兵器を持つ大国、それを脅しに使い他国にユウヅツ教の信仰を強制したのだった。 その結果、世界の半分はユウヅツ教を信仰するようになってしまった。今や世界はユウヅツ教を信仰する国と、そうでない国に二分されている。  ベニーが所属する軍隊は神聖真光軍(しんせいしんこうぐん)、ユウヅツ教を信仰しない国に侵攻し、従わない邪教徒たちと戦うための軍隊である。これまでの戦いは連戦連勝、無敗。ABC兵器による恫喝に加え「我らがお父様のため!」と、日々弛まぬ訓練を続ける兵士たちの強さも百戦錬磨、戦争ともなれば負ける要素はどこにもなかった。  ベニーはそんな百戦錬磨の兵士の内の一人である。昔からの神学校で「ユウヅツ教を信仰しない者は人ではない、邪教徒だ」と教育され、刷り込まれていた。それ故に邪教徒に対して銃爪(ひきがね)を引くことに躊躇いを持つことはない。 これまでに邪教徒を殺してきた人数は数え切れない。兵士は勿論、無辜の民である女・子供・老人であろうと邪教徒であれば躊躇いなく無慈悲に殺せる程の心を持っていた。 しかし、ベニーには幼少期より疑問があった。幼年神学校にいた時のことである。 教師が新星書(バイブル)の聖句を書き出した。 我らがお父様は、この世におわす全てを救済します。 新星書、創世のものがたり、第一章二十三節 それを見た途端にベニーの頭の中に一つの疑問が(もたげ)げてくるのであった。ベニーは思わずに挙手し、教師に尋ねる。 「先生、この世におわす全ての人とは誰でしょうか?」 「ここにいる皆さんを始め、我らがお父様がお作りになられた、この大地(ガイア)の上にいる人間全てのことをいいます」 「ならば、邪教徒にも救済はあるのでしょうか! 全てのものと言うなら邪教徒も入っていると思います」 教師は苦虫を噛み砕いたような顔をしてベニーの顔をじっとみた。周りの者は「そう言われれば」と納得する者と、「今まで考えたこともなかった」と始めて疑問に思う者とで二分されていた。 「ベニーくん、人がこれを考えるのは傲慢と言うものだよ」 「ならば! 邪教徒は死んだ後どうなるのでしょうか! 全てのものに救済があると言うなら、新星書(バイブル)の啓示の章二十三章五節のように全てのものは死後に楽園(パラダイス)に行けるのでしょうか! 邪教徒も全てのものに入るはずです」 教師はベニーの頭をわしゃわしゃと撫でた。そして満面の笑みを浮かべながら言う。 「君は優しいね。邪教徒にまで優しさを向ける程の広い心を持って我らがお父様もお喜びになられると思いますよ」 教師はそこまで言って一旦間を置いた。次に出た言葉はベニーを絶望の底へと突き落とすものだった。
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