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 木々の隙間から見える空は、青かった。  緩やかな風が吹いている。葉がそよそよと揺れている。それを"彼"はぼんやりと眺めている。  森の奥深く。柔らかな木漏れ日がきらきらと輝いている。静かで平和な森の中。そこで"彼"は身動きとれなくなっていた。  怪我をしたのだ。  とてもいい風が吹いていたから。  だからつい遠出してしまい、疲れが出たところでうっかりと怪我をしてしまった。立ち上がることさえできない。  どうしたものか。  揺れる葉や、その向こうの青空を眺めながらぼんやりと考える。悲壮感はまるでない。事実、言うほど困ってはいなかった。手がなくはないのだ。ただ、後々が少しばかり面倒なだけで。  できればこのままどうにかしてしまいたい。時間はいくらでもある。しばらくはのんびり考えるのもいいだろう。夜風は気持ち良さそうだし、星空も見えそうだ。獣に襲われる心配は全くしていなかった。  ふと、どこかからか何かが聞こえてきた。  歌声だった。少しずつ近づいてくる。こんな奥深くの森に人、それも声からして若い娘がいることに"彼"はわずかながらに驚いた。同時に興味も覚える。  歌声は近づいてくる。よく聞こえるようになった。"彼"の知らない歌だった。 「あら。珍しい」  すっと、その娘は現れた。  艶やかな黒髪をアップにまとめ、深い紫のストールを肩にかけている。手にしたカゴには薬草が納められていた。  娘は"彼"の存在に驚いたようだった。指先を唇にあて、黒い瞳がじっと"彼"の姿を検分する。やがて、赤い唇が弧を描いた。 「動けなくなってしまったのね」  言って、娘は"彼"の傍らに腰を下ろした。カゴを横に置く。 「本当に珍しい」  娘は"彼"に興味を持ったようだ。まじまじと"彼"を観察している。 「いいわ。手を貸してあげる」  けれど"彼"には娘にどうにかできるとは思えなかった。じっと娘を見上げる。 「大丈夫よ。私を信じて」  娘は自信に満ちた笑みを浮かべる。娘の手が"彼"にのばされた。  "彼"はまだ気づいていなかったのだ。彼女が魔女であるということに。  "彼"と彼女の、これが出会いだった。
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