第2章 再会

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 明日はいよいよ番組の収録だ。これを終えたら次の公演までしばらく時間的余裕ができるので、亜美は父と大輝にハワイに遊びに行く旨をメールで伝えてある。収録時に何があったとしても、翌日の飛行機で常夏のハワイに向かう。  再び大輝に逢える待ち遠しい休暇の計画さえあれば、きっと無事に番組の収録を終えることができるに違いない、と思ったのだった。  キッチンで夕食のパスタを用意しようと鍋に湯をわかしていた亜美は、ドアのチャイムに気づいた。宅配便を頼んだ憶えもなく不思議に思って応答すると、大輝だった。 「来ちゃいました!」  突然の思いがけない来客に驚いた亜美がドアを開けると、陽灼けした顔が懐かしい微笑を浮かべていた。スーツを着こんでいるのでハワイでの印象に比べて大人びて見える。 「いったい、どうして?」  招き入れながら亜美が尋ねると、大輝が説明してくれた。 「ちょうど本社への出張があったし。・・って言うか、亜美さんのことが心配で出張を作りました、っていうところです」  嬉しい彼の言葉に亜美はわざと眉をしかめてみせた。 「わざわざ心配してくれなくても、私は大丈夫よ。明後日の便でハワイに行く、ってメールしたじゃない」 「それはそうですけれど・・」 「でもせっかく来てくれたのだから、パスタをご馳走するわ。そこの椅子に座っていて」  気恥ずかしさに亜美が背を向けてキッチンに向かおうとすると、背後から大輝に抱き締められていた。 「心配してくれるな、って言われても僕は心配でした。亜美さんがそいつに逢ったら、もしかしたらまたそいつに心を奪われてしまうんじゃないか、って。また昔の男に惑わされるんじゃないか、ってね。だから、亜美さんがそいつと再会する前にどうしても逢いたくて飛んで来ました」  大輝の腕の中で彼の言葉を聴きながら亜美は眼を瞑る。  いったいこれは現実に起きていることなのだろうか。それとも、こうあって欲しい、という夢に過ぎないの?  亜美はゆっくりと言葉を拾うように話しはじめた。 「本当は、すごく不安だった。彼に逢ったらどんな自分が飛び出してくるか、すごく不安だった。でも、心を奪われるとか、そういうことじゃない。私、たぶん、彼のことなんか、もう何とも思っていないと思う。・・ううん、ついさっきまで何とも思っていたけれど、こうしてあなたに逢えたから、もう大丈夫だと思う」  大輝の腕が腰に廻され、亜美は振り向かされた。 「明日の収録の時だけでもいい。そいつとの想い出は忘れて、僕のこと、考えてもらえますか?」  眼の前に、若い男の真摯な顔がある。私だけを見つめてくれる、私だけの男。  唐突に、この悩める男を幸せにしたいという想いに捉われた。彼に幸せにしてもらいたいということではなく、わざわざハワイから駆けつけて来てくれた彼に、望むものをすべて与えたい、喜ばせたい、彼を幸せにしたい、という熱い想いだ。ひょっとして自分が探していたのは熱く求めてくれる男であって、それは辰夫である必要はなかったのではないだろうか。  亜美は彼の胸に顔を埋めて約束した。 「収録時に考えるのは歌のことだけ。でもそれまで、私はこうしてあなたのことだけ考えるわ。そして恋の唱を歌う時に、あなたとの時間を想い浮かべる」  大輝に唇を奪われて、亜美は彼の首に腕を回して身体を預けた。  明日歌う曲のリフレインが亜美の耳底で鳴り響いている。 「私が欲しかったのはアイラブユー  愛の言葉なんていらないから、思い切り抱き締めて  昨日や明日のことは忘れて、  今夜限りでいいから熱くキスして、マイダーリン」 (了)
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